睡蓮の裏側

私は絵が仕上がると、裏側にタイトル、制作年、サインを書き、その傍らにちょっとしたイラストを添えています。いつもお願いしている額装屋さんは、裏面にアクリルの小窓をつけて、サインとイラストがそこからのぞく仕様にして下さいます。それがちょうど、ドールハウスの窓から部屋の中を覗きこむようで、これは作者と所蔵者の間の秘密の通信だな、と思います。円形の作品を描いた時にサインを逆さまに入れてしまい、「うっかりしてましたスミマセン」というようなイラストを描いたのですが、所蔵者の方はあれを見てちょっとは笑ってくれたでしょうか。

以前ISCPというプログラムに参加していた時に、フィールドトリップとして、十数人の作家とスタッフとでMOMAの修復室の見学に行きました。 修復室はMOMAシアターの建物の上階にあり、普段は「作品」として展示室に並ぶものが、いろいろな道具に囲まれて普通の部屋にあると、今そこで作られているようで新鮮でした。いくつかの部屋を見せていただいた後、何か説明を聞いている時に奥の方をふと覗いたら、イーゼルに乗った「壁に掛かっていない」モネの睡蓮が、私からほぼ真横の位置にありました。説明を終えたスタッフの方が「何か質問は?」と言うので、手を挙げて「睡蓮の裏側を見せてください」と頼んだら、困った顔で断られてしまいました。

まだニューヨークに来てそれほどたっていない時期に、大勢の外国人の前でヘタな英語で頼み事をする、というのがどれほど勇気を振り絞った行為だったのか、日本人ならたぶんわかると思います。それほど本気で「睡蓮の裏側」が見たかったので、断られるとますます「裏に何かあるのでは」と見たくなってしまいました。

とにかく「見られなかった裏側」に気をとられて、それ以外のことはほとんど忘れてしまいました。それからちょっとしてMOMAで睡蓮の企画展があり、本当に美しかったのですが、やはり「あの時、裏を見せてもらえてたら…」と未練がましく思ってしまいました。サインは表に入っているので裏にはなさそうですが、モネが絵の具で汚れた手で触った痕跡、くらいあるかもしれません。見たところでどうということでもないですが、見られるのなら見てみたいです。やっぱり作者と所蔵者の秘密なんでしょうか。
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by mag-akino | 2012-04-06 06:50


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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