ゴミ屋敷で習字する

先日、「子供は集中力がある」と書いたが、私がそう考える根拠となっている思い出その2。

私が習字教室に通いはじめたのは、小学校にあがる前、たしか幼稚園の年長組の時であった。母に「お習字やってみる?」と聞かれ、なんとなく「うん」と答えた記憶はあるが、実際には全く意味がわかっていなかった。ある日、幼稚園が終わると自転車の後ろに乗せられ、近所のマンションの一室に連れて行かれ、今日はためしにお習字をしてみましょう、ということになった。

教室は幼稚園の近くにある、ごく普通のマンションの一室で、そこに暮らすおばあさんが先生だった。30枚ほどの半紙に「今月の言葉」みたいなものを先生の真似をして書いたり、添削してもらったりした。開始の時間は決まっておらず、来た人から書き始め、先生や他の子供と雑談しながらのんびりやる、という楽な形式で、帰りがけにお菓子をくれる、というオマケもあった。初日の終わり、迎えに来た母に「どうする?通ってみる?」と聞かれたので、「通う」と答えたのをはっきり覚えている。筆に墨をつけて字を書く、というのがはじめてでおもしろかったのもあるが、当時流行っていたビックリマンチョコがもらえてうれしかったのが主な理由であったと思う。

さて、それから小学4年まで、週に一度おばあさんの家に通った。問題は、このおばあさんの家がゴミ屋敷であったということだ。1985年にはまだゴミ屋敷という言葉はなかったと思うが、思いだせば思い出すほどたしかにあそこはゴミ屋敷であった。玄関から和室までのルートはギリギリ確保されていたが、教室として使用する和室以外のスペースは物で埋め尽くされ、足を踏み入れることができなくなっていた。恐らく先生本人も立ち入れなくなっていたのだろう。リビングにはソファがあったのよ…とコッソリと教えてくれたり(物に埋まっていて見えない)、その向こうにセントポーリアの入ったビニールハウスがあったのだけど、もう行けないわ…などと寂しそうにつぶやいたりしていた。たしかにビニールハウスらしきものが遥か遠くゴミの向こうに見えたが、その中にはセントポーリアの鉢がそのまま放置されているようだった。

和室は和室でもうかなり限界で抜き差しならなかった。ゴミの隙間で習字をするのも大変な集中力だが、先生は習字をする私の傍らでテレビを観ていて、見所がくると「聡乃ちゃんもちょっと観なさい」と邪魔をしてきたりもしたので、なかなか30枚書き終わらなかった。

「ゴミ屋敷で5年間習字をしていた」ということが、よく考えると異常事態だと気づいたのは大学生になってからだった。「子供をゴミ屋敷に通わせる」というのもよく考えると異常事態だと思ったので、母にたしかめたら、あの初日の「どうする?通ってみる?」と聞いた時、内心で「『通わない』って言って!」と思っていたようである。その日はじめて教室のブザーを押し、先生がドアを開けた瞬間、ゴミの山が見えてハッとしたそうだ。私が先生の前で「通う」と宣言してしまった手前、断れなくなったらしい。

教室に通った約5年間、1度もトイレを借りたことがないため、トイレがどうなっていたのか、さらに風呂場がどこにあったのかは知らない。今、もう一度あそこに行くことができたら、物を踏み越えてビニールハウスのセントポーリアを確認したり、「絶対に来ちゃダメ」と言われた台所に先生の目を盗んで侵入してみたい。おとなしく和室で習字をし続けられたのは、集中力があったからだと思う。というか、ゴミ屋敷であること自体もたいして気にしていなかったので、これも前回書いた通り、やっぱり「子供は気持ち悪さに鈍感」でもあると思う。多少バカだったのかもしれない。

そんないい加減な教室だったから、習字は全然うまくならなかった。先生は私しか生徒がいない時を見計らって、「私が死んだら聡乃ちゃんに、死に装束にお経を書かせてあげるからね」と言ったりした。私はこの口約束を誇らしく感じていたが、小学校4年生で教室をやめて以来一度もお会いしていない。先生は今もあのゴミ屋敷で習字を、とたまに考え、いやまさか、と思ったりしている。
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by mag-akino | 2012-09-19 10:58


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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