17年間使っているエプロン

ここのところエプロンをつけて制作している。アニメーション、ドローイング、マンガはたいして汚れないのだが、最近は知らないうちに何かと汚れる油絵の具を使っているのでエプロンが必要になったのだ。それで約2年半ぶりに作業用エプロンを引っ張りだしたのが、私はこれを17年間使っている。

このエプロンを使いはじめたのは高校1年の春、お茶の水美術学院で木炭デッサンを習いはじめた時だった。お茶の水美術学院(通称オチャビ)は美大受験のための予備校なので、高校1年から通うのは早すぎるのだが、春期講習で入ってみた初心者クラスは、受験対策ではなく「本格的な図工」という感じでおもしろかったのでそのまま通うことにしたのだ。木炭デッサンも何かと汚れるので、水色地に白の水玉模様のエプロンをつけることにした。

思えば捨て時はいくつかあった。最大の捨て時は、木炭デッサンの消しゴム用の食パンをポケットに入れたままオチャビに置いて帰ったらネズミに齧られて大穴があいた時であったと思う。そこで捨てればよかったのだが、なぜか、似たような布(水色地に白のハート模様)をみつけてミシンで丁寧につぎをあててしまった。それからいろいろな画材で少しずつ汚れて、洗濯をくりかえし、水玉模様がわからないくらい色あせてしまったが、今でもニューヨークで傍らにある。特に気に入っている訳ではない。ネズミ穴のインパクトを超える被害がないので、「捨てよう」と思わなかっただけである。

そして、このエプロンを見ると思い出すのが、アーティストの鴻池朋子さんである。大学を卒業したばかりの頃、私は紙をパネルに水張りして絵を描いていたのだが、ある日、ミヅマアートギャラリーの三潴さんが「支持体を変えた方がいい。ジェッソを使って下地を作る方法を鴻池に習ってこい」と仰った。そしてそのまますんなり話が通って、「口で説明するより、やってみた方が早い。一日アシスタントとして来て下さい」ということになった。鴻池朋子さんのことは美術手帖などで知っていたし、そもそも鴻池さんがミヅマアートギャラリー所属だったために、「このギャラリーはアニメーションも扱ってくれるのか」と思い、大学3年の終わりに「電車かもしれない」というアニメーションのビデオテープとポートフォリオを持って、ギャラリーを尋ねていったのである。大体、作家さんが技法を教えてくださる、というだけでも大変なことである。「これは失礼があってはならない」と、山寺に修行に入る子坊主の様に緊張し、使い慣れたエプロンを携えてスタジオにお邪魔した。(なんとなく、夜中にコッソリ和尚さんの水飴をなめる一休さんを思い浮かべていた。)

はじめてお会いする鴻池さんは、とてもきれいでキサクな方だった。お茶を飲みつつ作品をみたりみせたりした後、「では、下地にやすりをかけてみましょう」ということになった。エプロンを(虎の屏風の前でたすきがけする一休さんを思い浮かべつつ)つけたところ、鴻池さんがジッとエプロンをみつめていたので、「このエプロンは15の時から〜、ネズミ、穴、つぎ」などと説明した。

鴻池さんは、「近藤はこのエプロンが大好きでものすごく大事にしている」と誤解されたようで、「あなたの弱点はこのエプロンに違いない。何か悪いことをしたらこのエプロンを取り上げて懲らしめてやる。そしたらあなた、泣くでしょう」的なことを仰った。取られたところで痛くも痒くもないな、と思ったのだが、なんとなくエヘヘと笑っておいた。一休さんなら何かトンチの利いたことを言うところである。

しかし、この鴻池さんの言葉のせいで、捨てにくくなったのは事実である。特に気に入ってはいない、ただ捨てる機会がないから捨てないだけだったのに、なんだか捨てにくくもなった。同じくなんだか新調できずに困っているのがヤカンである。私は「赤いヤカンを使う」ことに憧れがあり、ニューヨークで一人暮らしを始めた時、「ついに赤いヤカンを買う時が来たか!」とドキドキしたら、ベルリンに移住した作家さんのヤカンが私のところにまわりまわってきて、うっかり貰ってしまった。ヤカンというのは一つで足りるし、そうとう乱暴に扱わないと破壊できないので、もしかしてこのヤカンで一生終わるかもしれないと思ってゾッとすることがある。

エプロンとヤカンで懲りたので、物は情がわかないうちにサッと捨てることにしている。旅先でついもらってしまったチラシとか、飛行機の半券とか、家に持ち込んだら思い出がしみ込んでしまうので、空港のゴミ箱に素早く捨てるのである。これは人でも同じである。「こいつと関わるとろくなことはない」と思ったら、思った瞬間に門前払いしないと、結局「まあ、いいところだって探せばあるし」とやさしい気分になってしまって、そうなったら縁を切るのは至難の業である。

このエプロンに関しては、捨て時は全て逃してしまったし、たいして情はわいてないのに「捨てたくない」と思っている。たぶん、「どんどんつぎをあてていったら、いつの間にかオリジナルの布が消滅した」という方法でしか、私の元からなくなることはないと思う。腐れ縁である。
b0221185_11564053.jpg

[PR]
by mag-akino | 2012-10-17 12:00


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


by mag-akino

プロフィールを見る
画像一覧

近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

以前の記事

2017年 03月
2016年 11月
2015年 07月
2014年 12月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 03月
2014年 02月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月

フォロー中のブログ

検索

カテゴリ

全体
未分類

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧