ウソみたいな本当の話 その3 、名前を思い出した話

いつもは一人で描くのだが、マンガのベタ塗りを手伝ってもらっていた時期がある。個展を控えての地獄のようなアニメーション制作の日々が本格的に地獄になった2011年の頭から半年程である。私はニューヨークに来てから三年間、隔週八ページの四コママンガの連載をしており、そのベタ塗りまで手がまわらなくなったのだ。線を仕上げたところでアシスタントさんに来てもらい、ココとココを黒で塗りつぶして、と指定をして、私はその横で動画の色付けなどをしていた。

そうこうしているうちにあっという間に時間がたって、四コママンガは完結し、アニメーションもギリギリに仕上がり、無事個展を迎えた。そして、ニューヨークに戻りホッと一息ついて、改めてアシスタントさんにお礼のメールを送ろうとしたら、彼女の名前がどうしても思い出せなくなっていた。顔ははっきり覚えているのだが、いくら考えてもどうしても名前が思い出せない。もう既に何回か感謝の気持ちを伝えた後の「改めて」のメールだし、まあ今日でなくてもいいか、と思っているうちにまたあっという間に三ヶ月程たってしまった。

三ヶ月の間、何回も「彼女何て名前だっけ?」と考えて、全然思い出せなかったのは事実なのだが、実のところ私は、キッチンの脇の引き出しをあければ彼女の名前がわかることもわかっていた。アシスタント代を払った際の領収書がそこに入っていたのである。つまり「引き出しを開けて領収書を探す」という、やろうと思えば一分でできることが、なんだか無性に面倒臭くて三ヶ月も放置してしまったのである。

そんなある日、夢をみた。夢の中で私は、いつものように絵を描きながら「彼女何て名前だっけ?」と考えていた。そして、椅子から立ち上がり、キッチンの脇の引き出しをあけ、領収書を出したのである。そこには忘れていた彼女の名前が書かれていた。翌朝起きてすぐ、彼女に感謝のメールを送り、それ以来彼女の名前は忘れていない。

忘れていることも本当は頭のどこかに残っている、と実感した出来事である。

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by mag-akino | 2013-01-19 15:06


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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