カテゴリ:未分類( 113 )

よそのうちの中

ニューヨークの家の近所に、外から見ると植物園のような家があります。夕方通りかかると、オレンジ色の光に照らされた植物の合間に小ぶりのシャンデリアが見え、その奥で住民が部屋に不釣り合いなフラットテレビを観ている様子です。(住民の姿自体は見えたことがない。)いつかその家の住民と友達になり、一緒にテレビを観たいなと通るたびに思います。

夕方近所を散歩していると、よそのうちの中をついチラチラと見てしまいます。外観は殺風景な家の中が思いがけず素敵な内装だったりすると、「ああ、1度招かれてみたい」とドキドキします。

日本の実家近くに仕事場を持っていた時、夕方帰宅する途中に近所の家の中がよく見えました。ある日、一件の家のリビングに、小さな人形が並んだ飾り棚があることに気づきました。ぼんやりと光に照らされた棚が、ちょうど雛壇のようでとても美しく、「毎日通っているのに全く気づかなかった。あの部屋であの家の夕食を御馳走になってみたい」と胸がときめきました。でも次の日の朝、仕事場に行く途中もう1度のぞいてみたら、飾り棚ではなくただの食器棚であることがわかりました。

また別の日に、窓が開いているのを1度もみたことがない家の窓が開いていたので、ヒョイと覗いたら、古そうな老人の遺影が壁にズラリと並んでいました。「へー」と思ってさらに奥を覗いたら、7歳くらいの男の子の白黒写真の遺影と目が合いました。

知久寿焼さんの「電車かもしれない」という歌に、「台所ゴットン電車が通るよ よそのうちの中を」という詞があります。この詞が印象的なのは、よそのうちに土足であがり込んでしまうような緊張感と魅力を感じるからだと思います。夕方通りかかる一瞬に光と一緒にもれてくる「よそのうちの生活」というのは、なんだか妙に緊張感のある美しさで記憶に残ります。

今までに見た中で一番美しかったのは、総武線で通りすぎる一瞬に見えたマンションの一室の光景です。ダブルベッドの上で、はだかの子供が2人ピョンピョン飛び跳ねていました。
b0221185_1381839.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-10-08 13:25

カエルについて納得していないこと

私には早とちりなところがあり、よく見間違いや勘違いをします。大抵の場合は気づいた時に「ああ、またか」と思って納得するのですが、一つだけ今だに納得していない見間違いがあります。

中学生の時の話。帰り道、最寄り駅を出たところの植え込みの下に、ヒキガエルをみつけました。両手のひらにすっぼり収まるくらいのヒキガエルで、「大きいな」と思って近づいて眺めました。カエルの横に、よくそこで見かける野良猫も並んで座っていたので「カエルと猫はケンカしないんだなぁ」と思いました。次の日もカエルはそこにいて、それからしばらく毎日「ああカエルだな」と思っていたのですが、あまりにもずっとそこにいるので、もう1度近寄ってみたら、それはカエルではなくて大きな石でした。

しっかりと近くからカエルだと確認していたので驚きました。その後もその石はずっとそこにあり、通る度に気にしていたのですが、もうどうみても石でした。

この出来事を元に高校3年生の時、「女子校生活のしおり」というマンガを描きました。はじめて描いたマンガです。今でも見間違いや、勘違いが制作のきっかけになることがありますが、興味があるから、というよりは人より多く見間違いをしているからかもしれません。

さて、ではなぜこのカエルの件に納得がいっていないのか。それは、これと全く同じことが3回あったからです。3回も石をカエルと見間違えることがあるでしょうか。

宮沢賢治の「インドラの網」に『ほんのまぐれあたりでもあんまり度々になるととうとうそれがほんとになる。』という一文があります。つまらないことで引用して申し訳ないと思いながらも、「あれは見間違いではなく、カエルが石になったのだ」と半分はそう思っています。
b0221185_58566.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-09-14 05:09

本当かはわからないけどウソではない話

高校の時の知り合いに、おもしろい話をする人がいました。不思議な体験談をたまにきかせてもらっていたのですが、1時間以上集中してきいてしまうくらい話のうまい人でもありました。

特に印象的で忘れられないのが「幽体離脱して三途の川を見た話」です。大雑把に要約すると、コタツでうたた寝してたら幽体離脱して三途の川のほとりについて川の向こうで着物の若い女性が叫んでいて、意識が戻って母親によくよくきいたら若くして亡くなった大叔母がいて、しばらくしてタンスの奥にその女性が着ていたのと同じ着物を発見した、という話。

体験談としてはよく聞く話なので、私も見たことはなくても「私なりの三途の川のイメージ」を持っています。たぶん私が何かで死にかけたら夢うつつにその三途の川を見るのではないかと思います。タンスの着物の件も不思議ですが平凡な結末で、「まあ偶然だろう」という内容です。

ただ、この人の話が他と違うのは、話の細部がとても具体的で新鮮だったところです。大枠だけだったら「夢と偶然」ですが、細部のオリジナリティをふまえると、「…本当のことかはわからないけど、とりあえずこの人にとってウソではないな」と思いました。

特に魅力的に感じたデイテール。
・ 幽体離脱したら、天井の隅にいつの間にか穴が空いていてすいこまれた。中はびっしりと水晶が生えた空洞で、とても心地良い音楽が流れていた。そこをゆっくり回転しながら上昇しつつ、「モーツァルトはこの音楽を楽譜に書き留めたのだ!」と確信した。
・狐が高速で回転して、よくお寺などにあるタマネギ型のやつになった。

水晶がびっしり生えた空洞や、高速回転する狐のことを思うと、なんともいえず魅力的で「是非本当であって欲しい」と思います。この人はこれ以外の不思議な話もしてくれましたが、どれも「本当かはわからないけどウソではない話」でした。

全く別にもう一人、こちらも高校の時の知り合いでおもしろい話をする人がいました。不思議体験ではなくて、日常の中のおもしろい出来事をたくさん話してくれましたが、今になってよくよく考えると、この人の話は全部ウソだったのではないかと思います。

夢か夢でないか本当かウソかよくわかりませんが、どちらもきけて良かった話です。
b0221185_636889.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-08-26 06:45

壁一面のでかい顔

出口の脇にある壁にでかい顔(「大きい」というより「でかい」)がくっついていて、その顔が話しかけてくるので幼稚園から帰れない、という夢を子供の頃に何度もみました。

ちょうど鎌倉の大仏の頭部から「顔」の部分をスパッと切ってはりつけたような感じです(顔も大仏っぽかった)。その顔に脅されるわけではなく、通り抜けようとすると、ひょうきんな感じで話しかけてきたり、ちょっと嫌味な質問をしたりするのでどうしても帰れないのです。監禁されるというよりも、やさしく抱きしめられてズルズル引き留められるような拘束のされかたで、目が覚めるとドッと疲れていました。

最近またこの夢をみたようです。(実はっきり覚えていないのですが、その割にイメージが具体的なので、たぶん。)今度は出口の脇の壁ではなくて、ニューヨークの自宅の窓から見える隣りの建物の壁にくっついていました。

10月には個展のために少し帰国する予定ですが、正直なところ不安です。偶然この時期に日本にいなかったために、日本にいる人よりも覚悟しきれない部分があり、日々きこえてくるニュースにどんどん怖くなります。とは言っても、帰らなくてはならないし、帰りたいとも思うし、一生帰らないわけにはいかないし、でもやっぱり帰りたくないような…という心境です。

どうやら私の場合、「帰りたい」「帰れない」「帰らなくてはならない」「帰りたくない」というようなことをグルグル考えていると、でかい顔が壁にくっつくようです。
b0221185_152753.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-08-12 01:06

もう一回

大学生の時、「テレタビーズ」というイギリスの子供番組のキッカイなキャラクターが好きになり、よく観ていた時期がありました。

「ますますキッカイ」と思ったのは、番組の中で「全く同じ映像が二回流れること」でした。お腹のテレビに映し出された映像が終わると(テレタビーズの頭にはアンテナがあり、映像を受信するとお腹のテレビに映る)、テレタビーズたちがキャーッと喜んで「もう一回!もう一回!」と叫び、本当にもう一回、全く同じ映像が流れます。「…何だこれは?」と思い、友達に話したら「幼児は同じことを繰り返すのが好きなんだよ」と言われました。

同じことを何度も繰り返す、と言って思い出すのは、中学高校時代の電車通学です。私は6年間、往復2時間半ほどの電車通学をしていました。そしてそのほとんどの時間、椎名誠さんの「哀愁の街に霧が降るのだ」と夢野久作短編集を読んでいました。

「哀愁の街に霧が降るのだ」は椎名誠さんの自伝的小説(ご本人としては「他伝的バカ話」だそうです)で、厚めの文庫本上下二冊組でした。上巻のはじめの方の高校の入学式で、みるからに不良の椎名さんの耳元に、ごく普通の新入生の沢野ひとしさん(あのイラストレーターの沢野ひとしさん)が「空気銃で撃つぞ!」と囁くシーンがあります。私はなぜかこのシーンが異常に気に入っていました。

また夢野久作の「死後の恋」の、好きな女性のはらわたの中から宝石をほじくり出す件や、「白菊」の部屋の中の雰囲気、「空を飛ぶパラソル」の轢かれた女のお腹の様子なども、何度読んでも心を掴まれて「もう一回!」という気持ちになりました。

つまり「ものすごく好きなごく一部」をより楽しむために全編を隈無く繰り返し読んでいたのですが、全編となると好きなシーンにたどりつくまでそれなりに間があります。一巡すると最初からもう一回!と延々と繰り返し、7冊ほどの文庫本で6年間過ごしてしまいました。

テレタビーズの「もう一回!」に、ハッと恥ずかしくなりつつも、今でも同じことを繰り返すのが好きです。アニメーションは制作過程で似たような作業を長時間繰り返します。アニメーションを作りたいというよりも、一人で長時間同じことを繰り返したいからアニメーションを作っているのではないかと思うこともあります。
b0221185_839510.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-08-09 08:41

上を見上げて、さらに下を確認する

夏のマンハッタンを歩いていると上から水が降ってきます。雨かなと思って見上げると、大抵クーラーからの水です。こちらのクーラーは、窓を少し開けてはめ込むというのが一般的で、そこから水がポタポタ垂れるのです。きちんとネジなどでとまっているはずですが、見上げるたびに「いつか頭に落ちてくるのではないか」と考えてしまいます。

上を見上げるといえば。
私の実家はマンションの7階で、帰宅するたびに下から自分の部屋の窓を見上げる癖があります。小学校低学年の頃、学校からの帰りにいつものように上を見上げたら、私の部屋のさらに右斜め上、10階の踊り場の壁の「外側」のでっぱりに若い女性が座っていました。

今考えると完全に「飛び降り直前を第一発見」なのですが、全く気づかず「大人が遊んでいる!」と興奮して真下に走って行きました。下には女性のローファーの靴が転がっていて、さらに興奮して(ブランコから靴を飛ばして距離を競う、という遊びをよくしていたのでそんなものかと思った)下から手を振ったら目が合いました。そうこうしているうちに管理人さんに伝わって、女性は取り押さえられました。「来るな」と言われたのですが、こっそり見に行って再び目があった女性は、20代前半の普通のOLみたいな人でした。

この出来事を思い返して描いたのが「2001年版逆さの思い出」というマンガです。あの時の女性が自分だったらと想像すると妙に現実味があり、落下途中の逆さの風景を生々しく思い返すことさえできる、というような内容でした。

実はこの話にはさらに続きがあります。マンガの原稿を編集部に届けた数日後、大学から帰宅すると、ちょうど私の部屋の下あたりに2、3人の人が遠巻きに集まっていました。嫌な予感がして近づくと、若い女性が「ぺたん」という感じで落ちていました。「私がマンガに描いたせいであの時の女性が今度こそ飛び降りてしまった」ように思えてものすごく怖くなり、編集部に無理をいって掲載を取りやめてもらいました。

もちろん女性は別人だったのですが、それ以来私には「上を見上げて、さらに下を確認する癖」がつきました...という怖い思い出を、10年たったので書いてみました。
b0221185_944401.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-08-02 09:50

あれはそういうことだったのか

先日、一緒にお昼を食べたアメリカ人の女性からおもしろいことを聞きました。

彼女には小学生の娘さんがいて、「娘を育てているうちに、忘れていた自分の子供の頃の出来事をたくさん思い出した」そうです。娘さんの言動を通して、自分も似たようなことをしたことや、その時のことを詳しく思い出したとのことでした。私は出産に興味を持ったことがなかったのですが、これをきいてはじめて「ちょっとおもしろそう」と思いました。

そんなことをぼんやり考えながら絵を描いていたら、突然思い出して、思いがけず納得したことがあります。

私がたしか幼稚園生だった頃のことです。遊んでいる私の横で普通に会話していた女性が、急に全く関係のない思い出話をはじめ(その時はあまりに脈絡がなかったので何の話かわからなかった)、みるみる様子がおかしくなりパニックになりました。まわりの大人は動揺し、私は訳がわからずにポカンと見ていました。

あれは「子供(私)をみているうちに、忘れていたこと(たぶん嫌なこと)を突然思い出してしまってパニックになった」のだと、ようやくわかりました。
b0221185_1993428.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-07-27 19:11

夢のタイトル

制作中のアニメーションのタイトル、「KiyaKiya(きやきや)」は造語なので、1度で正しく覚えてもらえることは少ないです。特に日本人は「キラキラ」と勘違いしやすいので、むしろ外国人の方がすんなり伝わります。

アニメーションの中では4回、タイトルが出るシーンがありますが、自分でロゴをデザインしたらますます読みづらくなりました。タイトルが「KiyaKiya」であると知った上でよくよくみないとわからない、くらい読みづらいのですが、自分ではこのくらいが丁度良いと思っています。

幼稚園に通っていた頃にみた忘れられない夢があります。体中を納豆のようなドロドロしたもので覆われた怪人が現れる怖い夢で、冒頭から人がどんどん殺されて不安が高まっていきました。忘れられないのはその内容ではなく、ついに私の前に怪人が現れた瞬間に、映像がとまり、派手な効果音とともに視界一杯にタイトルが出たことです。さらに印象的だったのは、そのタイトルが漢字で書かれていたために、子供だった私には読めなかったことでした。

たしか黄色の太いゴシック体で「○○!○○の○○!!」というようなタイトルだったのですが(ひらがなだけは読めた)、今だにそのタイトルがなんだったのかは謎のままです。ただ、今までの人生で一番印象深いタイトル、忘れられないタイトルであることも確かです。

そんな訳で、「タイトルは絶対に読めなくてはいけない」とは思いません。外国で暮らしていると、言葉の隅から隅までわかるわけではなく、漠然としている部分もあるのですが、それで大丈夫、というかその方が良いのかもしれないと思うこともあります。全てを言葉に当てはめようとすると、取りこぼす部分があるように感じます。

とは言え、夢のタイトルがなんだったのかはやはり気になる。もう一度くらい出ないかと期待しつつ、最初の二文字は「恐怖」だったのではないかとふんでいます。
b0221185_2157103.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-07-15 21:59

河童について

制作が軌道にのっていたり、とても集中しているような、いわゆる「調子の良い時」に、手だけが忙しくて頭の中は意外と暇というか空、というような変な感じになることがあります。最近、そんな時にぼんやり河童のことを考えていることが多いのですが、なぜでしょうか。

河童が気になりはじめた時期に、国際結婚されて長いことフィラデルフィアに住んでいる日本人アーティストの友達が、仕事でニューヨークにやって来ました。チェルシーのギャラリーを巡りつつ河童の話をしてみると、予想以上に盛り上がりました。

改めて感じたのは、私たちが河童についてかなりの情報を持っているということでした。有名なミイラや尻子玉などつぎつぎに河童情報を挙げ、さらに「河童を目撃した人からの情報」などを披露していると、「やはり河童はいる」という気になってきました。

先日ふと思いついて、ポストイットに河童の絵を走り描きして「あなたの国にはこういうものがいますか?」と南アフリカ人の友達にきいてみました。「いないし、知らない」と即答されて、「河童についてよく知っていて、『いるのかも』なんて思いたいのは日本人だけなのか」とガッカリしました。よくよく考えると「河童がいそうな場所」も限られています。南アフリカやハドソン川にはいなそうですが、霞ヶ浦あたりだったら一週間泊まり込めば一度くらいはみられる気がするような気さえします。河童の話題で異常に盛り上がるのも、ぼんやりと河童のことを考えてしまうのも、もしかしたらものすごく間接的なホームシックなのかもしれません。
b0221185_6293197.jpg


余談。「河童はいないけど、『トコロシ』なら知ってるよ」と言うのできいてみると、子供の頃にくり返し読んだ「水木しげるの妖怪辞典」の「外国の妖怪」コーナーに載っていたもののことでした。南アフリカ人からアフリカの妖怪について直にきけるなんて…あの頃の自分と水木しげるさんにこの喜びを伝えたい。

トコロシ→http://p.tl/9yit
[PR]
by mag-akino | 2011-07-08 06:34

しりとりがしたい

英語に囲まれて暮らしているせいか、最近たまに「しりとりがしたい」と思うことがあります。できたら、遠慮なしで勝負して互角なくらい日本語が堪能な外国人としたいです。子供の頃は「キリン」や「プリン」でうっかり負けていましたが、大人もそんな凡ミスをするでしょうか。
b0221185_7521827.jpg

[PR]
by mag-akino | 2011-07-06 07:53


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


by mag-akino

プロフィールを見る
画像一覧

近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

以前の記事

2017年 03月
2016年 11月
2015年 07月
2014年 12月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 03月
2014年 02月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月

フォロー中のブログ

検索

カテゴリ

全体
未分類

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧