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千葉県市川市の虫

私が生まれ育った千葉県市川市は住宅地で、あまり虫がいなかった。私は植え込みの隅や、植木鉢の下や、八畳ほどの空き地を巡回して、なんとか虫を探し出していた。

いつでも簡単に観られた虫といえば蟻である。駐車場の植え込みの、四隅の芝生の隅っこを掴んで引っぱり上げると、どの隅にも蟻の巣があった。時期によっては、真っ白い卵や幼虫がいて面白かった。突然光に晒された蟻が驚いて、慌てて卵や幼虫を奥に運んで行く、というのをひとしきり眺め、芝生を元に戻し、次の隅の芝生をひっぱり上げる、というのを黙々と繰り返した。全ての隅を巡回し、さらにもう一周くらいすると、蟻が安全なところに移動を終えてしまうので、もう卵は観られない。そこで、また三日くらいたったところを急襲するのである。

蟻が観られない間は、あじさいの葉の裏にいるヨコバイを観ていた。黄色くて、黒い斑点がある細長い虫で、正しくはツマグロオオヨコバイというそうだ。当時は「ヨコバイ」という名前を知らなかったので、「総武線みたいな虫」と呼んでいた。まだ車体全体が黄色かった総武線に似ていたのである。

ヨコバイにも飽きると、今度は植木鉢や石をずらして、その下にいるミミズやダンゴムシを探した。丸まったダンゴムシを無理に開くと、お腹の下に子供を抱えていることもあり、「当たり」と静かに思ったりした。ある時、石をずらそうと下に手を差し入れたらナメクジがビッシリ着いていて、悲鳴を上げて家に逃げて帰ったことがある。

このように、千葉県市川市にいた虫は、地味であった。ダンゴムシやミミズやナメクジに至っては、別に観たかった訳ではなく仕方がないから観ていただけであって、しかも正確にいうと昆虫ではない。正直なところ、ゴキブリの方がまだ面白かったので、小学校でゴキブリを見つけるとハッとしたし、低学年の頃は触っていた。

つまり千葉県市川市で日常的に観られた虫は、蟻とヨコバイとゴキブリである。物足りないあまり、私はついに地面を掘るようになった。地上がダメなら地下しかない。(つづく)



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by mag-akino | 2014-02-12 05:45

「わかるでしょ?」

私は日本で使うための携帯電話を持っているのだが、アメリカにいる時はアメリカの携帯電話を使っているので、普段は電源を切ってある。ごくたまに電源を入れるのは、こちらから日本に電話する時だけである。私の使っているアメリカ用の電話は、国際電話を受けられるがかけられないのだ。

先日朝8時頃、その日本の携帯電話が鳴った。前の晩、日本に電話した際に先方が留守で、電源を入れたまま眠ってしまったのである。普段は鳴らない電話が鳴ったことと、起き抜けだったことで、混乱したまま慌てて「ハロー?」と電話に出たら、小声で「もしもし」と返ってきた。

こちらも「もしもし?」と返したら、また小声で「もしもし、もしもし」と言う。さらに混乱してなぜか英語で「フーアーユー?」と尋ねたら、「わかるでしょ?」と言われてしまった。

相手は小声で「もしもし、もしもし、わかるでしょ?」と言い続け、私は起き抜けの頭でぼんやり「わからないなぁ、誰だっけ?」と考え続け、最終的に相手が「寝てた?」と言ったところでやっと、「いたずら電話か」と気づいて電話を切った。そのまま電源も切ったのだが、しばらく動悸が止まらなかった。

「わかるでしょ?」というのはなんだか怖い言葉である。実際はわからないことなのに、「わかるでしょ?」と言われてしまうと、「本当はわかっているのに忘れているのかな?」と思い、「忘れてしまったこちらが悪いのかな?」と感じてしまった。「寝てた?」などと余計なことを言わないで、ずっと「もしもし」と「わかるでしょ?」を繰り返されたら、私はしばらく気づかずに「○○さん?」「それとも○○さん?」と当てずっぽうに返事していただろう。相手を手の内に巻き込むような言葉であるから、もしも会話中に「わかるでしょ?」と言われたら、いたずら電話でなくても動揺すると思う。相手に心の奥底を見透かされたような、秘密を共有させられたような、性的で密室的な親密さがそこから生まれそうである。(だから、いたずら電話で言いたかったフレーズなのだろう。)

それにしても、いたずら電話というものは随分久しぶりであった。子供の頃は月に一回や二回はあった気がするが、非通知電話の着信拒否などで、チャンスが減ったのだろう。非通知でようやくかかった電話が国際電話で、「ハロー?」とか「フーアーユー?」とか言われたのだから、先方も驚いたに違いない。

ところで、英語で「どちら様ですか?」と電話口で尋ねる場合、「Who is calling, please?」が良いそうだ。「フーアーユー?」だと「あんた誰?」みたいな感じでぞんざいである。



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by mag-akino | 2014-02-03 05:18

「天井のテレビ」後日談

天井のテレビ」とは、去年八月に書いた文章である。抜き出すとこんな話。

たしか4歳の頃である。夜中にふと目を覚ましたら、足元あたりの天井が四角くぼんやり光っていた。光っているな、と見ていたら、そこに映像が浮かび上がり、突然『忍者ハットリくん』が始まった。その頃観ていた「藤子不二雄劇場」そのままで、あれ?と思いつつ、一話分きっちり観た。ハットリくんが、怒ったつばめちゃんに両耳をとられてしまう、というおかしな話だった。

翌朝目覚めて、夢だったか、と思ったのだが、それにしてははっきり覚えていたため、本当に天井にテレビが映ったのかもしれないと思った。横で寝ていた3つ歳上の兄に、「昨日の夜、天井にハットリくんが」と言ったら、兄は「観たよ。おもしろかったね」と答えた。



さて先日、日本に帰国した時のことである。兄が「そういえばすっかり忘れていたのだけど」と焼き鳥を食べながら話してくれた。なんでも、私が書いた文章を読んで、「天井のテレビでハットリくんを観たこと」を思い出したそうである。

兄妹で焼き鳥を食べつつ推理して、「その日は一緒に『藤子不二雄劇場』を観て、寝る前に『耳なし芳一』の絵本を読んでもらってから寝たために、そんな夢をみた」という仮説をたてた。なんとなくそれらしくも聞こえるが、二人揃って同じ夢をみた、というだけでも割と不思議なのであまり釈然としない。それとも、兄妹というのはそんなものなんだろうか。

エッセイ集に「子供の頃、絵本を読んでいたら、いつもと結末が違っていたことがある」と書いたら、それ以後、「私も同じ経験があります」と言われるようになった。「絵本の結末が変わる」というのは割とよくあることらしいから、「兄妹で同じ夢をみる」ことも結構あることなのかもしれない。もしくは、「天井にはよくテレビが映る」のかもしれない。


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    「パーマン」派だった我ら。(後に「パーマンセット」を買ってもらった。)
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by mag-akino | 2013-12-12 06:55

ペンパルのA君

中学二年のある日、突然イギリスから手紙が届いた。ミンディ、という名前の全く知らない女の子からだった。ちょうどその日は英語塾の日だったので、「イギリス人から手紙が来た」と友達に言ったら、「私も」「私も」とクラス全員にイギリスから手紙が来ていることがわかった。そこに先生が入ってきて、「みんなの住所を、イギリスに送っておいたから」と言った。先生が勝手に、「日英ペンパル手配所」(そんなものが本当にあるのだろうか?)と連絡を取っていたのである。

「断りもなく人の住所をイギリスに送るなんてダメだろう」と思ったのだが、イギリスからの手紙にはときめいてしまったので、黙って返事を書いた。ミンディからの二通目の手紙には「誕生日がもうすぐ」と書いてあり、プレゼントを送ってみたら、それきり返事が来なかった。がっかりしていたところに届いたのが、A君からの手紙である。

A君は一つ年下のイギリスとマレーシアのハーフの少年だった。一通目の手紙には、自己紹介や、自分の住んでいる場所とロンドンの位置関係などが書かれていた。見るからに「几帳面」という印象の達筆で、私は「読みやすい筆記体というのもあるんだな」と感心した。

しかし、全く会ったことのない外国人に英語で手紙を書く、というのはなかなか難しいものである。一通目は自己紹介で便箋が埋まるが、二通目以降は話題を探すのが大変だった。気温と天気と日常の報告を済ませてしまうと、他に書くことがないので、どうしてもお互いに質問が多い文面になった。「兄弟はいるか?」「得意な科目は何か?」「休日には何をしているか?」など、思いつく限り質問した。英作文の面倒さも重なって、私はついグズグズと間を空けてしまうのだが、A君は本当に几帳面であった。返事のあるなしに関わらず、旅先や誕生日やクリスマスなど、折々にハガキや手紙をくれるので、その度に私は慌てて返事を書いた。

一通りした質問の中で印象深いのは「将来何になりたいか?」というものである。A君は「○○航空のパイロットになりたい」とやけに具体的に答え、私は「本の挿絵を描く人になりたい」と書いた。なぜこれが印象深いかというと、細々とやりとりを続けているうちに、A君は目が悪くなり、私は美大に入り、なんと社会人になるまで文通が続いたので(完全にA君の筆まめのおかげである)、「お互いが将来何になったのか?(何の仕事をしているか?)」を見届けることができたからだ。A君はパイロットはあきらめたものの、本当に○○航空で働いており、私は本の挿絵は描いてないが、いまだに絵は描いている。お互い大当たりではないが、そこそこ外れていないのである。

余談だが、先日友達からきいた話。小学校の卒業文集の「将来の夢」に、彼女は「アメリカで絵を描く」と書いたそうだ。彼女はニューヨークで絵を描いているから、彼女の「将来の夢」は大当たりでかなっている。他の同級生に関しても、具体的に「○○になりたい」と書いた子は、ほとんど近いものになっているそうだ。「将来の夢」をかなえるコツは「具体的に決める」ことのようである。

さて、そうこうするうちに、A君は○○航空フランス支社に転勤になり、私はニューヨークに住み始めて、手紙が途絶え「ついに文通が終わった」様子であった。しかし、唐突にはじまって15年も続いたのである。それに、お互いにやりたいことが出来ているようだし、私はかなり満足であった。

と、思っていたら先日、日本の実家にA君からの手紙が届いた。ちょうど私は展示設営で帰国しており、タイミングの良さにまたときめいて、すぐに返事を書いた。A君はフランス赴任からイギリスに戻り、手紙は一人暮らしの住所から送られてきていたので、私もニューヨークの住所を伝えた。そんな訳で小休止を挟んだものの文通は継続中で、もうすぐ20年になる。A君が格好良いのは、けしてEメールアドレスを教えないところである。


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そろそろもう一度「将来の夢」をきいてみたい。
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by mag-akino | 2013-11-22 12:05

日常の「魔」

ここ二ヶ月ほど、気掛かりなことがあり暗めにぼんやりしていたせいか、いろいろとおかしなことがあった。いろいろ、といっても、そのほとんどが「道端にカエルがいるのを目撃する」という出来事で、結果的には全て「見間違い」であった。

要するに、「手のひらサイズの暗い色のもの」が視界に入ると、それが全て一瞬カエルにみえるのである。道端には「手のひらサイズの暗い色のもの」がたくさん落ちているので、何度も「あ、カエル」と思っては、「いや、石だ」とか「いや、葉っぱ」とか思った。実家で「あ、カエル」と思ったら、タワシだったので、なんだかシンとした気持ちになり、これが「魔がさす」ということかと感じ入った。

たぶん、普段なら「手のひらサイズの暗い色のもの」が視界に入っても、それが何であるかなどは気にとめないのである。ただ、暗い気持ちでぼんやりしていると、それらがぼんやりしたところにつけ込んでくる。すぐに「いや、石だ」と気づけるうちはまだ元気な証拠で、もっと落ち込むと四方八方をカエルに囲まれて取り乱したりするのに違いない。

そもそも私は昔から何度も石をカエルだと勘違いしてきたのだ。長い時は一ヶ月ほど石を「カエルだ」と思い込んでいたこともある。主に中学、高校の下校時の出来事で、もしかしたらその時も何か気掛かりなことがありぼんやりしていたのかもしれないが、もう覚えていない。何にしても私にとって「魔」とはカエルの姿をしているようだ。

「魔」といえばもう一つ、私の日常生活に度々現れる不穏なものが、鳥の死体である。何か嫌なことがあった時にぼんやり道を歩いていると、鳥の死体に出くわしてしまうのだ。「ああ、またか」とガッカリするのだが、私はこれも「魔」のようなものと思っている。こちらは見間違いでなく、本当に鳥の死体なので、「カエルの魔」とはちょっと違うのだが、遅れて来た凶兆、というか「ダメのダメ押し」みたいで、大変憂鬱なものである。これももしかしたら、「嫌なことがあった時に鳥の死体を目撃する」のではなく、「元気な時には鳥の死体を見てみぬふりしている」のかもしれない。やはり鳥の死体も「魔」の一種である。


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                               「女子高生百鬼夜行」2000年
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by mag-akino | 2013-11-12 04:44

行方不明のチーバくん

千葉県出身のせいか、私は千葉県のマスコットキャラクター「チーバくん」が好きだ。チーバくんとは、横を向くと千葉県の形になる赤い犬である。実家近くのピーナッツ(千葉県八街の名産)屋さんで、チーバくんキーホルダーが売られていたので、つい買ってしまったのが、二年前。それ以来、旅行用のトランクにつけ、いろいろなところで見せびらかしてきた。

先日そのチーバくんがどこかへ行ってしまった。最後にみたのはニューヨークのジョン・F・ケネディ空港である。チーバくんごとトランクを預け、成田のバゲージクレームのベルトコンベアでトランクが流れてきた時にはもう、チーバくんはいなくなっていた。13時間の長距離移動で疲れていたこともあり、私は問い合わせもせずに空港を出てしまった。

それが、ここ最近になって気になってきている。と、いうのも事の経緯を二人に話したら、その二人ともが「誰が盗ったんだろう?」と言ったからである。キーホルダーの金具が壊れてはずれたとばかり思っていたのだか、誰かにさらわれた可能性もあるのか、とハッとしたのだ。

しかし、私が気になっているのは「誰が盗ったか」ではなく「チーバくんは今どこにいるのか」である。もしかしたらジョン・F・ケネディ空港の片隅に転がっているかもしれないし、成田のベルトコンベアをグルグル回っているかもしれないし、飛行機に乗ったまま空を飛んでいるかもしれない。さらに、本当に誰かの物になってしまって、フランスあたりにいる可能性だってあるのだ。いろいろなくしものをしたことはあるが、国際的になくしたのははじめてである。

そして、そこから話はそれて、「これまでなくしたもの」について思いをはせている。小学生の時に、大切にしていたシャープペンをなくした。中学生の時には、電車で居眠りから覚めたら、かぶっていたベレー帽がなくなっていた。ここ数年では、柘植の櫛をどこかにやってしまった。シャーペンは、翌日「前日使ったところ」を全て探しまわり、塾の教室の机の中についに発見した。ベレー帽はみつからなかった。櫛はなくしたと思ったら、鞄からふいに出て来て、そのうちまたどこかへいってしまったので、実際は「なくしていない」のかもしれないが、わからない。

今こそ、「絶対に効くなくしもののおまじない」をするべきなのだが、どうも気がのらない。ニューヨークのアパートのドアを開けたら、チーバくんが先に戻っていそうで恐ろしいのである。それに、もしかしたら櫛みたいに、本当はなくしていないかもしれない。そう考えると、「みつけた」と思ったシャーペンも、本当は、そっくりだけど別のシャーペンだったかもしれないのだ。

もし、万が一、「アパートのドアを開けたらチーバくんが先に戻っている」という恐怖と遭遇した時のために、「チーバくんはなくなったのではない、行方不明なのだ」と思うことにしている。


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by mag-akino | 2013-09-16 14:21

個性的な怪談

ニューヨークも暑く、来月の個展にむけて追い込み中でイライラとしていたせいか、いつの間にか「今までにきいた怪談」をいろいろと頭に思い浮かべていた。そこで一つ、久しぶりに思い出した怪談があるのだが、意味がさっぱりわからない。それはこんな話である。

ある男が引っ越しをした。新居でのはじめての朝、ベランダから鳩の鳴き声がした。男は夢うつつに「鳩だな」と思ったまま眠りつづけた。その後も毎朝、鳩がやってきた。ある日、窓をあけたまま寝たら鳩が入ってきて、男のまくらもとであの独特のリズムで鳴いた。おもしろいのでその日以降、男は毎晩窓をあけたまま眠り、鳩は毎朝まくらもとでホホッホーと鳴いた。男はいつも目をとじたまま「鳩だな」と思っていたので、一度も鳩の姿を見たことはなかった。ある朝、鳩がホホッホーと鳴いた時、ふと目をあけてみたら、それは鳩ではなく、人の生首だった。完

終わり方が非常に唐突である。

私はそれがおもしろい話だった時は特に、いつ誰からどのようにきいた話なのか割と正確に覚えている。この話をはじめてきいた時は、唐突な終わり方にまずびっくりし、そして「意味がよくわからない」と思ったのは覚えているのだが、この話をどこから入手したのかは全くわからないのだ。

なにはともあれ私は怪談が好きである。そして怪談に強い方でもあり、「今回も結局怖くない」という感想を持つことが多い。というのも大抵の怪談は、体験者が自分できっかけを作って恐ろしい目に遭っているからである。私は呪いのビデオをみたりしないし、酔っ払って墓石を蹴倒したりしないし、心霊スポットでわざわざ写真を撮ったりしないので、ほとんどの怪奇は避けられそうな気がする。それで「身にふりかからなそうな怪談=怖くない」という結論に至るのである。

そう考えると、「!」と「?」が頭に浮かぶ、この「鳩の怪談」はかなり個性的な怪談であると言える。この話をきいた翌日、大学で友人のKさんに話してきかせたら、Kさんも「!?」という顔をしていた。しかし本当にこの話、一体誰からきいたのだろうか?そもそもこの話は本当に怪談なのだろうか!?


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by mag-akino | 2013-07-27 12:09

物忘れ防止法

まだ幼稚園に通っていたある日、私は微熱で幼稚園を休んだ。そして、居間のソファで毛布にくるまってテレビをみていた時のことである。母は掃除機をかけており、私はイヤホンで音声を聴いていたのだが、「ちょっとごめんね」と言って、母がイヤホンのコードをまたいだ時、なぜか「今、見ているこの光景を忘れないだろう」と思い、今でも本当にこの時の光景を覚えている。

この、「『この光景を忘れないだろう』と思う」、というのは、物忘れを防ぐのにかなり効果的である。何か忘れると困ることがある際に「この光景を忘れない」と自分に言い聞かせると、本当に忘れない。「光景」なので、やはり視覚的なことに効きやすい。

私はこの物忘れ防止法のことを、「記憶に付箋を貼っておく」というイメージでとらえている。どうやら私は、記憶とは何か「付箋を貼れるもの」、つまり本とか巻物とか紙に書かれたものだと無意識に思っているようなのだが、最近までそれに気がつかなかった。こういうふうに、形のないものを形のあるものに喩えてイメージする、ということを何か他にもしているのかもしれない。

ついでに、この思い出について書いてみて気になったのは、「光景」という言葉である。幼稚園生の私が「光景」という言葉を本当に知っていたかは疑わしい。知っていたとしても、日常的に使っていたとは思えない。たぶん「この光景」というのを別の言葉で表していたはずなのだが、それがなんだったのかは忘れてしまった。

しかし、記憶が本のようなものだと考えると、忘れてしまったことも、付箋を貼られていないどこかに書かれているはずで、本当になくなってしまったのではないのだと思える。印がないので、なかなかそのページが開けないのである。


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by mag-akino | 2013-07-26 12:19

十年おきにウサギが送られてくる

人から夢の話をきいておもしろかったことが今までに一度もないのでなるべく手短かに済ませるが、一昨日、ウサギが郵便で送られてくる夢をみた。夢の中で郵便が届き、ラベルを見たら中身が「ウサギ」と書いてあったのである。

この「ウサギが郵便で送られてくる夢」であるが、十年前にも一度みたことがある。たまに「前にもこの夢をみたことがある」と夢の中で思うことがあるが、それをみたのがいつであるか実際にはわからないことが多い。今回、はっきり十年前だとわかるのは、この夢をもとにマンガを描いているからである。

大学を卒業した2003年に、私は『つめきり物語』という五話の短編からなるマンガを描き、自費出版した。その第一話、「今朝みた夢の話」は、十年前のウサギの夢を元にしている。主人公は、夢の中で小包を受け取り、箱のセロファンの小窓ごしにウサギをみつけてドキドキするのである。

十年前、一昨日ともに共通しているのが、ウサギを受け取った時に、「これは困った」そして「でもうれしい」と思っている点である。ウサギはかわいいから飼ってはみたいが、飼うとなると世話も大変だから実際には飼わないだろうけど、届いてしまったらもう飼うしかない、うれしいな、というような気持ちである。十年前、「困った」を通り越して「うれしい」という気持ちになってからもう一度箱を覗くと、ウサギはクリームパンに変わっていた。私は、がっかりし、そして少し安心したのであった。

さて、一昨日である。現在住んでいるニューヨークのアパートにUPSで箱が二つ届いた。一個目の箱にはウサギのぬいぐるみが入っていた。二箱目にはどうやら本物のウサギが入っている気配がするので、また私は「困った」、「でもうれしい」と思ったのである。箱がとても重いので、ベッドに置いたまま側面から開けたら、中から勝手に出て来たのは、とても平たいウサギだった。カエルのピパピパに毛をはやして、耳をつけたような生き物で、ものすごく気持ちが悪くてショックで目が覚めた。今考えるとあれはウサギではない。

夢は、その時に考えていることが反映されたものだと思うので、十年前と一昨日の共通点がないか考えてみたが全然思い浮かばない。十年前は千葉県の実家で大学を卒業したばかり、今はニューヨークに一人暮らしで個展に向けて制作中である。本当に何も共通点が思い浮かばないのだ。特になんの理由もなく、私がどこにいたとしても、これからも十年おきに私に「ウサギ」が届くことになっているのかもしれないが、毎回結局はウサギを受け取れないのだろうか。次に「ウサギ」が届いたら、絶対に送り主をみるつもりである。


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              十年前に「ウサギ」が入っていた箱。
  
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by mag-akino | 2013-06-09 03:49

宜保愛子さんについて 余談

余談である。
ある日、小学校から帰宅すると、知人が家に遊びにきていた。おやつを食べつつ話しているうちに、私は昨晩観た「宜保愛子心霊スペシャル」のことをふと思い出した。そして、知人に「昨日も宜保さんの霊視はあたっていた」と言った時である。彼はキッパリと「宜保さんの霊視は偽物である」と言い切った。

宜保さんは霊の声ではなく狐の声をきいている、と知人は言った。彼によると、神社に祀られているような位の高い狐以外に、野狐(ヤコ)と呼ばれる狐がいて、それが宜保さんのために働いている、とのことだった。例えば相談者の部屋を霊視する時、その狐を使いに出して、あっという間に部屋を見て帰ってきた狐が耳打ちする、という方法で宜保さんは相談者の部屋の様子を言い当てているのだという。それがどんな遠くにあっても、知らない場所でも狐は一瞬で行くことができる、「だから宜保さんの霊視は偽物である」と説明した。私ははじめて知ることばかりで、ポカンとしつつ聞いていたのだが、知人の口調にははっきりとした宜保さんへの非難が感じられた。

「宜保さんの霊視が本物か、偽物か」については、当時もよく検証番組が放送されていた。特に大槻教授とは何度も対決していたが、大槻教授の言う「偽物」とは「宜保さんは霊視する対象をあらかじめ下調べしておいて、霊視しているように見せかけている」という意味であったと思う。知人の言うように、「宜保さんは狐の声をきいて霊視していた」場合、大槻教授はそれを「偽物」と言っただろうか。知人は狐を使った霊視を「偽物」と言って非難したが、では知人にとっての「本物の霊視」とはどういうものであったのかは私にはわからない。

宜保さんの話のついでに知人は、狐がいかに恐ろしいかを私に語り聞かせた。「コックリさん」とは野狐のことであり、遊び半分で呼び出していると帰ってくれなくなること、道で狐につきまとわれて手で払っている女性を見たことがあるなど、これもまたはじめて聞くことばかりで、子供だった私は心底怖くなった。

この日以降も、私は相変わらず宜保さんの番組を見続けた。宜保さんの霊視が本物か偽物かは別として、私にとって宜保さんは「本物」のままだったということだと思う。そして、知人の話が本当かそうでないかは別にして、私は今まで一度も「コックリさん」をやったことがない。知人の話もまた、私にとって「本当」だったということである。


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by mag-akino | 2013-05-20 11:25


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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