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子供のあれこれ

小学校2年生の時、窓際の席に座っていた。窓際の棚には水槽が置いてあり、誰かがとってきたトノサマガエルのオタマジャクシが濁った水の中で泳いでいた。オタマジャクシといっても、あの、真っ黒で音符のようにみえるかわいいやつではなく、皮膚と水の境が曖昧な灰色の水餃子みたいなヌルヌルしたもので、顔の表情まで読み取れる大きさだった。全長5センチくらいあったと思う。授業を受けながら、なんとはなしに日々観察していると、オタマジャクシというのは、まず足が生え、次に手が生え、同時に尻尾が短くなっていって、いつの間にかカエルになるようだった。♪のオタマジャクシの場合、「足が生え始めた頃」がとてもかわいいのだが、水餃子に足が生えていく様子はもの凄く気味の悪いものだった。しかも、この「足が生える時期」がオタマジャクシにとって最もデリケートであるようで、足だけ生やした状態で何匹も立て続けに死んで、水面に浮かんだ。生き物係が横着していたのか、気づかなかったのか知らないが、水面の死体は日に日に増えていき、真横の私は「ああ、今日もまた一匹死んだ」と、水との境がますます曖昧になった水餃子を眺めて憂鬱だった。なんといっても一番嫌だったのは、生きているオタマジャクシが死んだオタマジャクシを無表情でついばんでいたことである。

悪臭と共喰いの地獄と隣接しつつ、よく授業が受けられたと思う。「子供は気持ち悪さに鈍感」、「子供は集中力がある」、と思う根拠になっている出来事の一つである。

ところで、「巨大なカエル」というのはどのくらい巨大なんだろうか。私は小学生の頃、食用蛙というのは「洗濯機くらいの大きさ」のカエルだと思っていた。大人になってからテレビで観たら確かに大きかったが、洗濯機と比べると遥かに小さくてガッカリした。

「ある朝、玄関のドアを開けたら洗濯機大のカエルがいた」というフレーズで胸がドキドキしたのをはっきり覚えているのだが、いつどこで誰から聞いた話かは思い出せない。洗濯機、という喩えに真実味があるように思う。
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by mag-akino | 2012-09-14 04:54

テストの思い出

① 小学校の漢字のテストで、曜日の「曜」のヨヨの下の部分がどうしても思い出せなかったので、仕方なく「田」を書いておいた。なぜかこの間違いだけが忘れられない。

② 小学六年の社会のテストが始まった途端に、強烈な睡魔に襲われ、間違えて裏面から解き始めてしまった。別紙の回答欄が問題と合わないな、とは思ったが朦朧としていたので間違いに気づかなかった。ひどい点数だったが、三択問題が偶然当たったりしていて0点ではなかった。

③ 多摩美の入学試験の英語の問題に、長文に空欄が空いていて、イロハニホヘト〜の選択肢から正しいのを選ぶ、というのがあった。時間が余ったので見直していたら、答えが「イヌトニワヲホル」になっていることに気づいた。

④ 高校三年生の漢字テストの開始寸前に、斜め前の席のSさんが「シャーペンを忘れたから誰か貸して」と言い出した。本当は二本持っていたのだが、「シャーペンは一本しか持ってないから貸せないけど、筆ペンなら持ってるよ」とふざけて答えたら、Sさんは本当に筆ペンでテストを受けてしまった。小さい回答欄に筆ペンで漢字を書くのは超大変だったらしいが、後日先生に叱られていた。
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by mag-akino | 2012-09-10 23:53

飛んでいったエビの話

高校生の時、大正沼エビを飼っていた。ペットショップで見かけて気に入って、金魚鉢で飼い始めたのだが、3㎝くらいの透明なエビで、よく見ないとどこにいるかわからなかった。

ある日、そのエビがどこかに消えてしまった。カルキ抜きのために日に晒しておいた水と入れ替えようと、金魚鉢を持ってベランダに出たらもうどこかに消えてしまっていた。見えないだけでどこかにいるのだろうと、最初はのんきに探していたのだが、本当にいなかった。さっき居間で鉢を覗いた時には確かにいた、そういえば以前、水を替えようとした時にピョンと跳ねて逃げようとしたことがあった、と思い出し、周りを見渡し、居間からベランダまでのルートを念入りに探したがやはりいなかった。ピョンと跳ねて7階のベランダから下に落ちてしまったのかも、と思いついてゾッとした。

一応、下を見てみたが、もちろんエビは見えなかった。どうしたらいいのだろう、と途方に暮れたがどうしようもなかった。7階から落ちたらエビは死ぬのだろうかと考え、エビは軽いから意外と大丈夫かもしれないと思った。中学校の理科の授業で、地中に住むエビがいると習ったなぁ、とか、いや、それとも風に飛ばされてしまったかもしれない……などと考えているうちに、なんだか腹の底からおかしくなってしまい、いけないと思い笑いをかみ殺して、台所にいた母に「エビが飛んでいった」と報告した。

さて、それから数日後。ゴミを捨てようと台所にいったら、ゴミ箱の脇に何か落ちていた。なんだろうと拾ってみたら、カラカラに乾燥してカップヌードルのエビのようになった私のエビだった。エビは焼いたりゆでたりしなくても、ひからびると赤くなると初めて知った。風に吹き飛ばされる姿を想像して私がニヤニヤしていた時、エビは実際には居間から台所に向かってピョンピョン跳ねていたのである。

カップヌードルのエビを見る度に、風に飛ばされるエビを思い浮かべ、腹の底から笑いがこみ上げてくる。ひどい話である。

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by mag-akino | 2012-09-10 11:40

四葉のクローバー

大学の卒業制作で「てんとう虫のおとむらい」というアニメーションを作ったら大失敗した。制作中もずっと「これはまずいこれはまずい」と思っていたのだが結局軌道修正はできずに、未完成のまま提出して卒業した。絵コンテがあまかったのだ。

それからずっと気にかかっていたので、絵コンテから練り直して、2006年にようやく完成させた。卒業してから3年もたっており、完成した時は心底ホッとした。どちらも同じタイトルなのでまぎらわしいが、2006年に完成した方を便宜上「完成版てんとう虫のおとむらい」と呼んでいる。卒業制作の方は「卒業制作版てんとう虫」とか適当に呼んでいるが、観かえすと、あの時の気持ちを思い出して苦しくなるのでしばらく観ていない。

(ちなみに…2006年の完成版はダイジェストをYouTubeにアップしてある。卒業制作版の方もどなたかが勝手にアップしていたので、どこかで観られると思う。)

もともとアニメーションの前にマンガ版の「てんとう虫のおとむらい」を描いており、卒業制作版はマンガに沿って作った。完成版の方は、絵コンテから作り直したため内容が大きくずれたのだが、一番大きな違いは「四葉のクローバー」が出てこなくなったことだ。卒業制作版の方では四葉のクローバーが大量に、しかも意味ありげにどんどん出てくるのである。

さて、この「四葉のクローバー」だが、そもそもこの「四葉のクローバー」のイメージがどこから出て来たのだか覚えていない。マンガ版の「てんとう虫のおとむらい」を描いた頃のことを全然思い出せないのだ。一体どういう流れであんな話を描いて、わざわざアニメーションにすることしたのだかわからないのだが、もしかすると関係あるかも、という出来事が一つだけある。


小学校低学年の頃、よく自宅マンションの貯水タンクの下にもぐっていた。タンクの下に子供が屈んでやっと入れる程の空間があり、秘密基地のようだったのである。ある日そこで遊んでいたら、タンクと土台の隙間に何かが挟まっていることに気がついた。ギュッと押し込まれており、直接手で触るのは怖かったので、棒を使ってグッと引っ張ると、四葉のクローバー模様のネルシャツがズルズル出て来た。

「四葉のクローバー」と聞いて、私が思い出すのはこれくらいであるから、たぶんこの出来事が何か影響したのだと思う。なぜ貯水槽の下に四葉のクローバーのネルシャツが押し込まれていたのだか全然見当がつかないが、異様に恐ろしくて全力疾走で逃げた。逃げ切ったと思ったが、どうも逃げ切れていなかったようである。何が言いたいのかというと、「アニメーションは絵コンテが大事」ということである。
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by mag-akino | 2012-08-29 09:15

6の6乗の恐怖

なかなか寝付けなかった夜、先日書いた40の5乗の確率でくじ引きに成功したことをなんとなく思い返していた。そうしたらついでのように思い出したことについて。

高校2年生の冬に、サイコロを6個まとめて振ったら全て1が出た。あれ、と思い、これは写真に撮るなど何か記録した方が良いことかもしれないな、と考えつつぼんやり見ていたら、突然背中の方からゾッと鳥肌がたって、慌てて片付けた。

結局そのまま知らんふりして適当にごまかした。6の6乗だから40の5乗に比べると軽い偶然だが、こちらの方が圧倒的に怖かった。思い返すとやはり背中がヒヤリとする感じがある。

ところでこの時、横で父も見ていたのだが、父もこれを思い返してヒヤリとする瞬間があったりするのだろうか。
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by mag-akino | 2012-08-17 07:02

絶対に効くおまじない

何か困ったことがあったら唱えなさい、と言われてそのおまじないを教えられたのは12歳の頃だった。おおまかに言うと「呪文」のような複雑な言葉なのだが、小学生の私には困ったことなど特になかった。そもそも「めったなことで使ってはいけません」という意味を込めてそう言ったのだと思う。

ふと思いついて、その言葉を唱えてみたのは中学2年の席替えの時だった。私のクラスでは約40個の机に端から番号をふり、くじ引きで席を決めていた。あの席に座りたいな、と軽い気持ちで3回唱えてくじをひいたら、その席の番号が引けた。それから1年間、席替えの度に「あの席」と決めてくじを引くと毎回その席に座れた。確か5回くらい席替えをしたので、40の5乗の確率でくじ引きに成功していた訳だが、偶然とは思えない確率である。最後の方は移動するのが面倒なので同じ席に座っていた。担任の先生が困った顔をしていたのを覚えている。

不思議なのは当時の私が、このことについて全く不思議だと思っていなかったことである。当然効くものと思ってその言葉を唱え、当然のようにその席の番号を引いてそこに座っていた。それだけである。ただ、最後に思い通りの席を引いた後、「この言葉はめったなことで使ってはいけないんだろうな」とようやく気づき、それ以来席替えで使うのをやめた。

さて、次に私がこの言葉を唱えたのは大学受験の時である。大学受験といえば人生の一大事で「めったなこと」であると思ったのだ。私は実家から近い、学費が安い、合格者人数が少ないので受かると格好良い、という単純な理由で東京藝術大学のデザイン科への入学を希望していた。一次試験の鉛筆デッサンがはじまる前に、久しぶりにその言葉を唱えた結果はあっけない一次落ちで、仕方なく多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に通うことになった。

ここでまた不思議なのは、私がこの時に「おまじないが効かなかった」とは思わなかったことである。第一希望の藝大に行けなかったのはガッカリだったが、「きっと多摩美に行った方が結果的に何か良いのだろう」と思い、そのままこのおまじないの効果を今でも信じている。多摩美に進学して良かったと思う点はいろいろあるが、藝大に通ったことはないので、本当に多摩美の方が良かったのかはわからない、と冷静に考えることはできるのだが、やはり今でも「絶対に効くおまじない」だと思っている。今後もめったなことでは使わないと思う。
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by mag-akino | 2012-08-12 08:31

天井のテレビ

たしか4歳の頃である。夜中にふと目を覚ましたら、足元あたりの天井が四角くぼんやり光っていた。光っているな、と見ていたら、そこに映像が浮かび上がり、突然『忍者ハットリくん』が始まった。その頃観ていた「藤子不二雄劇場」そのままで、あれ?とは思いつつ、寝転んだまま一話分きっちり観た。ハットリくんが、怒ったつばめちゃんに両耳をとられてしまう、というおかしな話だった。

翌朝目覚めて、夢だったか、と思ったのだが、それにしてもあまりにおもしろかったし、はっきり覚えていたため、本当に天井にテレビが映ったのかもしれないと思った。横で寝ていた3つ歳上の兄に、「昨日の夜、天井にハットリくんが」と言ったら、兄は「観たよ。おもしろかったね」と答えたのである。

それ以来、この話をしていない。兄にもう1度きくことはできるのだが、
「ウソ」「観た」「覚えてない」のどの返事が返ってきても全部嫌なので、一生きかないと思う。天井にテレビが映ったのもこの一回きりである。
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by mag-akino | 2012-08-01 23:27

1度しか使ったことのないおまじない

1年程前に、よく効くおまじないの話を書いたが(http://akinomag.exblog.jp/15763821/)、もう一つの効果てき面だったおまじないについて。

私がはじめて金縛りを体験したのは中学1年の時である。夜中ふと目が覚めたら、体が動かなかった。「これが、あの、金縛りか!」と思い、「もし目を開けたら何かおかしなものを見てしまうかもしれない」と判断し、目をしっかり閉じたまま助けを呼ぼうとしたら、声がでなかった。結局、しばらくジタバタしたら足の方から動きはじめたのだが、とにかく怖かった。翌朝学校で後ろの席のSさんに話したところ、彼女が教えてくれたのが、「お姉ちゃんからきいた」という金縛りを解くおまじないである。

金縛りにあったら、下唇を噛み締めて、頭の中に「大」と思い浮かべる。

意味がさっぱりわからないところが魅力的で、次の機会には絶対に試してみたいと思った。そして数ヶ月後、二度目の金縛りにあった。

下唇を噛み締めて、頭の中に文字を思い浮かべて「大!」と念じた瞬間、異変が起こった。噛み締めた下唇が細かく震えはじめ、どんどん震えが大きく広がっていき、顎の痙攣で歯がガチガチと音を立て、顔の皮膚全体が大きく波打って、信じられないほどの高速でマブタが開閉した。

それ以来このおまじないは1度も試していない。恐怖を通り越して完全なパニックに陥ったが、一応金縛りは解けたのだから、効果はあったのだと思う。

先日、アメリカ人の友人と話していたら、ふと、このことを思い出した。「金縛り」という単語を知らないので、「体がまるで金属で縛られたようになり動けない」と直訳して説明したら、ようやく伝わり、友人は金縛りの状態を「フローズン(凍った)」と表現した。よくよく考えるとあの感じは「金属で縛られた」でも「フローズン」でもない気がする。「体の中心に強力な磁石があって手足がくっついて離れない」という感じだな、などと考えていたら、「大」について話し忘れてしまった。肝心なことはなかなか海を越えないものである。
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by mag-akino | 2012-07-31 00:46

五七五でメガネ

友人のメガネが素敵だな、と随分前から思っていたのだ。彼女と知り合ったのは3年ほど前で、はじめて会った時にも「いいな」と思った記憶があるので、もう3年もそう思っていることになる。

先日、彼女を友人に紹介したら、友人は即座に「そのメガネいいね」と褒めて、「私もずっとそう思っていた」と言ったのだが、なんだかそれ以来、気になっている。

そのメガネは、鼻梁から耳まで一息にツルが伸びていて、レンズがさりげなくその間にくっついている。その様子が朝顔の花とツルのように清楚で美しくて、彼女にとてもよく似合っている。眼が悪くなったらこのメガネがいいな、と推定視力1.2の眼でずっとそう思っていたのだ。

友人に先に言われてしまい、「言っておけば良かった」と残念になり、3年間もそう思っていたのに1度もそう言わなかったことに、やっと気がついた。こんな少女マンガの三角関係みたいな感情がメガネを中心に巻き起こるなんて。

3年の間、私の中に潜伏していた「あのメガネいいな」という気持ちが、口に出す程の気持ちではなかった、とは思えない。普段適当に口にしているいろいろな気持ちより、かなりはっきりした感情だったのに、なぜ言葉にはしなかったのだろうか。

小説などを読んで、「こういうことがずっと言いたかったのだ」と思うことがある。私だってそんなことはとっくの昔から知っていたのに、と残念になるのだが、実際には具体的に言葉にできるほど「知って」はいなかったのだと思う。私の「あのメガネいいな」という気持ちも、自分で思うほどはっきりとはしていなくて、なぜいいと思うのか、どういうところが素敵なのか、が具体的には言葉になっていなかったのかもしれない。そういえば先に「朝顔のよう」などと書いたが、本当はどうもうまく言えていない気がしていたのだ。確かにツルの部分が朝顔のようで素敵なのだが、もうちょっと簡潔にピタリとあの様子を表現する言葉あるはずだ。



閑さや岩にしみ入る蝉の声



こんな感じにあの感じを言い表してみたいのだ。



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by mag-akino | 2012-07-24 02:51

脳内の大阪

先日帰国した際に、大阪でトークイベントをした。会場はスタンダードブックストアさんという喫茶&イベントスペースもある個性的な本屋さんで、私が到着した時には、アニメーションとスライド上映のための準備が整い、あとは私が最終チェックをするだけ、という万全の体勢で暖かく迎えてくださった。

そんな訳で、不慣れなトークも無事終えることができた。これは本当に大阪の素晴らしい本屋さんのお陰だなと感激し、トークの合間にも「はじめて大阪に来て良かった」、「はじめて大阪に来た甲斐があった」などと繰り返し語ったように思う。トーク終了後には、お客さんが丁寧に感想を伝えてくださるなど最後まで暖かく、「また大阪に来ますね!」と名残惜しく心斎橋を後にした。

その後、出版社の方について三ノ宮のトリトンカフェに向かった。そして、駅に着き、横断歩道で外国人男性とすれ違った瞬間、突然あることを思い出し、背筋が凍りついた。私が大阪に来たのははじめてではなく、二度目だったのである。

あんなに「はじめての大阪」というフレーズを口走ったのに(しかも、子供の頃に行ったのではなく、6年程前のしっかり成人していた時の話である。)、と情けなくなったが本当に忘れていたのだから仕方ない。そういえば奈良より西日本には行ったことがない、とも言った気がするが、出雲大社と福岡にも行ったことがあるのを、追い打ちをかけるように指摘され、本当にもう嫌になった。

これは忘れっぽいというより脳内の方向感覚の問題ではないかと思う。実際に体感する方向感覚のように、脳内にも方向感覚があるのだ。たとえば、普段は東京で仕事をしていて、大阪に出張して○○した、という場合。脳内地図で、東京より西の大阪に旗をたて、「ここで○○した」と覚えておけば、「大阪」が記憶から抜け落ちることはないのである。私のような脳内方向音痴は「大阪」を位置ではなく、ただの「おーさか」という言葉で覚えようとするから「○○の記憶」だけが脳内で居所を失って宙ブラリンになってしまうのだ。私の脳内の大阪は頭のどこら辺に漠然と存在しているのだろうか。

そういえばニューヨークに4年近く住んでいるが、今だに生まれ育った千葉県感覚が抜けないのは脳内方向音痴のせいかもしれない。脳内世界地図のニューヨークにきちんと旗がたっていないのだ。というか私の脳内には地図がないのかもしれない。いや、そもそも「地図」という視覚的なもので方向を把握しようとするのがダメなのかもしれない。

どうも頭の中で、方向や時間軸とは関係なく、記憶がゴチャゴチャに浮遊しているような気がする。文章を書いていると、連想ゲームのようにいろいろなことを思い出すが、それが「いつ」「どこで」から連想されているのではないようなのだ。なんだか別の軸があって、それに沿って記憶を次々と思い出しているような感じがするのだが、その軸が何なのだかはよくわからない。外国人男性と大阪の関係性とは一体?

脳内で迷子になりそう、というと素敵な響きだが、端からみれば単なる物忘れである。大阪の件に関しては「ただの嘘つき」なので、今後は気をつけたい。しかし、どうやって気をつけたらいいのか全然わからない。
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by mag-akino | 2012-07-10 05:58


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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