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猫はかわいい

動物園に行くたび思うのは「犬と猫はとてもかわいい」ということです。猿山の小猿やレッサーパンダも見飽きないかわいさですが、帰り道にばったり散歩中の犬や野良猫に出会うと、はっとするほどのかわいらしさにショックを受けます。こんなに近くにあんなにかわいいものがいたなんて…と再確認するわけです。

よくしたりされたりする質問に「犬派?猫派?」というのがあります。私は「猫派」と言うことにしていますが、柴犬などがしっぽを振って近寄ってくると、「犬かも…」と弱気になる通り、犬も同じくらいかわいいと思います。でも、「猫派」と言い切ることはできても「犬派」と言い切らせない、なんとも言えない猫の魅力はなんなのでしょう。

なんとも言えない猫の魅力、というのをあえてなんとか言うのなら「犬に比べて顔が平らで人間みたいで不思議」なところでしょうか。猫の斜め横顔をみていると、13歳くらいの少年少女の色気を感じます。

神楽坂のおまんじゅう屋さんで、床に猫が寝そべっているのに気付かずにズンズン歩いたら、思い切り踏んでしまいました。「猫ふんじゃった」という歌がありますが、実際踏んだら「ギャッ!」と言ってました。

親戚の家の黒猫は小さい時に寂しい思いをしたせいか、うれしい時にも鳴かないそうです。家族の隙をついて家具の隙間に入るのが好きで、ある日開けた引き出しの奥に潜んでいるのに気付かずに、祖母が閉めようとしたら、ついに「ニャー」と言ったそうです。

先日2年ぶりにその猫に会った時、みんなが油断した隙に今度は仏間のタンスの隙間に入ってしまいました。無理矢理追い出したら小声で「ニャー」と言いました。私が声をきいたのはこれが初めてです。

適当に思い出したことを書いたら声の話ばかりになりました。私は猫の声が好きなのかもしれません。
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by mag-akino | 2011-10-29 16:05

猿とみかんの皮

先日、日本の実家からギャラリーに搬入に向かう朝のこと。道端に5㎝くらいのお猿さんが落ちていました。ぬいぐるみではなく、本当に日本猿のようなお猿さんなのですが、まさかそんなに小さいお猿さんが落ちているわけはないので、とっさに「どうせみかんの皮かなにかだろう」と思ってよくよくみたら、コウモリでした。

道端に落ちているコウモリを見るのは二度目だったし、急いでいたこともあり、足を止めずに通りすぎたものの、その日は電車の中でお猿さんのこと(コウモリではなく)を考えていました(その日は偶然かばんの中に、色川武大さんの「ぼくの猿 ぼくの猫」が入っていたからかもしれません)。そして自分が内心「猿とみかんの皮は似ている」と思っていることに気づきました。

どうも子供のころから果物があまり好きではありません。食べるとおいしいと思うので味のせいではないのですが、なんとなく生々しくて気持ち悪いなぁと思っていました。「生々しいってどういう意味?」ときかれると「なんだか生ゴミっぽいというか、ほら、食べられる実と皮の境があいまいで、そこが果汁でグズグズだし…」としどろもどろ説明していましたが、どうやら「果物は死んだ動物っぽい」と思っていたようです。

詩人の萩原朔太郎は精神的に衰弱した時、植物と交わる夢をみたそうです。それは萩原朔太郎に限ったことではなく、人は弱ると植物と交わる幻覚をみることがあるらしい、というのを何かの本でむか〜し読んだ、という程度の浅い知識で知っていますが、そんなこともある、と想像するだけでワクワクします。何かの拍子に動物と植物の境界を精神的に突破してしまうことがありえるとすると、意外とその境界は薄くて曖昧で、慣れるといつでもスイスイ行き来できるのかもしれません。そういうところがまた果物自体の形態と似ているように思えて、やっぱり果物はなんだか気持ち悪いです。もしかしたら、そこらの店先のみかんは、突破した誰かとみかんの花の子供だったりして…などと想像すると背筋が凍る気持ちの悪さ。

アニメーション「KiyaKiya」では、小さい赤い色をした子供と青い色をした子供が果物に変身するシーンがあります。このイメージも「動物と植物の境界を突破するワクワク」から来ているんだな、と改めて気がつきました。
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by mag-akino | 2011-10-15 08:35

よそのうちの中

ニューヨークの家の近所に、外から見ると植物園のような家があります。夕方通りかかると、オレンジ色の光に照らされた植物の合間に小ぶりのシャンデリアが見え、その奥で住民が部屋に不釣り合いなフラットテレビを観ている様子です。(住民の姿自体は見えたことがない。)いつかその家の住民と友達になり、一緒にテレビを観たいなと通るたびに思います。

夕方近所を散歩していると、よそのうちの中をついチラチラと見てしまいます。外観は殺風景な家の中が思いがけず素敵な内装だったりすると、「ああ、1度招かれてみたい」とドキドキします。

日本の実家近くに仕事場を持っていた時、夕方帰宅する途中に近所の家の中がよく見えました。ある日、一件の家のリビングに、小さな人形が並んだ飾り棚があることに気づきました。ぼんやりと光に照らされた棚が、ちょうど雛壇のようでとても美しく、「毎日通っているのに全く気づかなかった。あの部屋であの家の夕食を御馳走になってみたい」と胸がときめきました。でも次の日の朝、仕事場に行く途中もう1度のぞいてみたら、飾り棚ではなくただの食器棚であることがわかりました。

また別の日に、窓が開いているのを1度もみたことがない家の窓が開いていたので、ヒョイと覗いたら、古そうな老人の遺影が壁にズラリと並んでいました。「へー」と思ってさらに奥を覗いたら、7歳くらいの男の子の白黒写真の遺影と目が合いました。

知久寿焼さんの「電車かもしれない」という歌に、「台所ゴットン電車が通るよ よそのうちの中を」という詞があります。この詞が印象的なのは、よそのうちに土足であがり込んでしまうような緊張感と魅力を感じるからだと思います。夕方通りかかる一瞬に光と一緒にもれてくる「よそのうちの生活」というのは、なんだか妙に緊張感のある美しさで記憶に残ります。

今までに見た中で一番美しかったのは、総武線で通りすぎる一瞬に見えたマンションの一室の光景です。ダブルベッドの上で、はだかの子供が2人ピョンピョン飛び跳ねていました。
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by mag-akino | 2011-10-08 13:25


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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