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運動神経の悪そうな絵

はじめて文章の書き方を教わった時、横書きと縦書きがまざってしまい、縦書きを左から書く癖がついてしまいました。左から書いた方が手に鉛筆がこすれなくて良いので、今でも自分だけがみるメモは左から書いています。小学校の国語の時間、ノートをとっていると右手が黒くなるのが嫌でした。

はじめの覚え方というのは大切です。縦書きのように、スキーの曲がり方もはじめに覚えるところで失敗しました。それ以来一度も滑ってないので今でもちゃんと曲がれるかわかりません。曲がりたい方と反対の足に体重をかける、と教えてくれればいいのに、右に曲がりたい場合は左足に、などというので、曲がる時にとっさに「えーと、こっちに曲がるということは〜」と考えてしまい、間に合わないのです。

私の場合、そもそも「右と左が瞬時にわからない」ので、縦書きもスキーもややこしくなってしまったのだと思います。右は割と右なのですが、左から考えはじめると「あれ?こっちは右だっけ?」となる時があってゴチャゴチャになります。「お箸を使う手が右手です」という教え方が有名ですが、有名な教え方があるということは、やはり覚えるのが難しいことなのかもしれません。

一番いいのは、お箸がどうのこうのと言う前に、子供の右手を握って「こっちが右」と教える方法だと思います。スキーもゴチャゴチャ考える前に、体で曲がる感覚を掴めば、あとは自然に曲がれるようになったはずです。今さらわかったところで、日常生活の中の「はじめて」はほとんど子供の頃に済んでしまっているのでどうしようもありません。

しかし、私の最大の問題は「体で覚えること自体がうまくできない」ことです。(簡単に言うと運動音痴ということです。)体でピンとこないから「お箸を持つ手は」と頭で考えて補わないとわからないのです。運動だけでなく、方向や距離感など、「広くて大きな感覚」もピンとこないので、大きな絵を描いたり、空間構成する、ということが苦手です。

大きな作品やインスタレーションを観ると、スポーツ万能の先輩を遠くからみつめるような感覚で、憧れの気持ちがわきます。(スポーツ万能の先輩に憧れたことなんて1度もないけど。)小さな作品や、細かい作品、箱の中に入っている作品をみると「この作家、運動神経悪そうだな…」と親しみがわき、実際には小さい作品の方がずっと好きです。(言いがかりかもしれません。)
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by mag-akino | 2011-11-28 00:03

夜道ですれ違ったら一番怖いものは何か

ごくたまに「夜道ですれ違ったら一番怖いものは何か」と夜道で考えることがあります。なぜこんなことをごくたまに考えてしまうのかはわかりませんが、なんだかんだで10年くらい考え続けている問いです。(問い、という程たいそうなものではないけど。)猛獣や、拳銃を持っている人、不審者とかももちろん怖いですが、そういうのは抜きにして、一番怖いのは何だろうか。

「多摩美で有名な怪談」に「芸祭の夜、友達の後ろに頭部が異常に大きい人を見た」というのがあります。「で、どうなったの?」ときくと「さあ...」という感じの、味わい深い怪談です。この話を聞いて以来、「夜道ですれ違ったら」と考えるようになりました。(10年間も…)

そこで毎回「頭部が普通の3倍くらいある人間」から考え始めます。いや、「顔がない人」の方が怖いだろう、と続いて、そしていつも結論としては「二回りくらい小さい自分」が一番怖い、に落ち着きます。(「二回りくらい小さい」というのは、身長が低いとか、痩せているとかいうことではなく、「人としてありえない縮尺」ということです。)

10年たって、学生ではなくなり、ニューヨークに住み始めてもう3年くらいです。それでも「二回りくらい小さい自分」が不動の一位だと思うと、これもまた個人的にはとても味わい深い答えです。

ちなみに「夜、お風呂からでて部屋に戻った時に遭遇したら一番怖いものは何か」という問いもあり、こちらは「自分(等身大)」が不動の一位です。なぜ夜道が二回り小さくて、お風呂の後は等身大なのか。このことこそもっと考えてみるべきかもしれません。
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by mag-akino | 2011-11-24 00:59

意外と忘れている

先日帰国した時、話の種に「何か不思議な話はないか?」と久しぶりに会った友人にきいてみました。「ない」とあっさり言うので、とりとめなく話をしつつ「本当にない?」と節々で探りを入れてみると、二時間後くらいに「…そういえば」とようやく思い出して話してくれました。

その話が、「はっとするほど不思議な話」で、びっくりしたのですが、「そんな不思議なことを忘れていたこと」にもっと驚きました。これを忘れるというなら、一体何なら忘れないのだろう…と怪しんだりしたのですが、落ち着いてよくよく考えると、とても不思議ではあるけれど、ものすごく地味な不思議だとも思えました。体験した後に、病気が治ったり、呪われたりせず、ただその一瞬にものすごく不思議だった出来事です。「とても不思議なことでも地味だと忘れる」とはじめて知りました。

朝起きた瞬間に、みていた夢を思い出そうとすると、すんなり思い出せますが、ちょっとでも間をあけてしまうと、みていたことすら忘れてしまいます。随分前に、毎朝思い出そうとする習慣があり、夢は毎日みているものだとわかったのですが(毎日、というより、たぶん眠る度にみていると思う)、いつの間にかその習慣もなくなりました。「夢を思い出せない」のではなく、「最近夢をみていない」と感じています。

何か、地味で重大なことを忘れているかもしれません。友人の「地味で不思議な話」は、何人かの人に話しておきました。みんな驚いていたけれど、もしかしたら今頃すっかり忘れているかもしれません。
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by mag-akino | 2011-11-23 02:58

子供の頃の頭蓋骨

小学生の時に読んだ歴史学習マンガの一場面で忘れられないものがあります。

たしか竹千代が死んだとみせかける、という場面で、家来が「死んだ証拠に敵に送る」と言って、頭蓋骨を取り出します。さらに「念のため」と言って「これは竹千代様が5歳の時の頭蓋骨、こちらは3歳の時の頭蓋骨…」といって次々に頭蓋骨を取り出す、というギャグシーンでした。

これを読んだ時に、一瞬「…そういえば私の5歳の時の頭蓋骨はどこにあるのかな」と思い、すぐに「ああ、そうか、そんなものはないんだな」と気づいたのですが、なんだかギクリとして忘れられなくなりました。

紙芝居のページに時差があると気づいた時、この頭蓋骨の話を思い出しました。読み手が読んでいる文章は、観客がみている絵の一枚前の絵の裏に書いてあります。つまりページの表と裏に1ページ分の時差があるのですが、薄い紙の表裏にそんなズレがあるかと思うとゾッとします。しかも一枚一枚がズレることでピッタリくっついていて、最後の一枚の裏にははじまりの言葉が書かれているので、永遠にグルグルしているかと思うと何だか恐ろしいです。

どちらも「自分がズレる」ようで怖い、と思った体験です。

もう一つ、小学生の時に、童話版「西遊記」を読んだ時のこと。見開きの挿絵入りの「孫悟空が毛をむしって息をふきかけて大量の分身を出す」という場面でも、「自分がズレる」という感覚になりました。ただ、同時に「あ、ズレても大丈夫なんだ」となぜかホッとしたのですが、なぜだかはよくわかりません。
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by mag-akino | 2011-11-18 01:15

夢の粘膜

しばらく前に失恋して以来、やたらと朝早く目が覚めるようになってしまいました。習慣が体に染み付いてしまい、特になんともなくなった今でも毎朝ほぼ決まった時間にハッと目が覚めます。はじめの頃は目が覚めるだけでなく、目覚めると既に上半身が起き上がっていたので不気味でしたが(あと、布団から出ているので寒かった)、最近では目覚まし時計いらずで便利にしています。ちなみに、夜更かししても、海外に移動しても現地時間で同じような時刻に目覚めるので不思議です。

夜は夜でのび太並みに寝付きがよく、スイッチを切ったように眠り、朝になるとスイッチが入ったように目覚めます。便利といえば便利ですが、マンガのような奥行きのない睡眠生活で物足りない感じもします。朝、布団から出られなくてグズグズしちゃうのよねぇ…というあの甘ったるい感覚が随分遠くなりました。

マンガのよう、といえば、中学生の時に1度だけ大声で叫びながら目覚めたことがあります。(走り去るリスの名前を必死に呼んでいた。)大声の途中で目が覚めて、声のはじめの方は夢の中、終わりの方は現実だったのを喉の感覚で覚えています。

最初は簡単に大声が出せていたのに、その途中、喉のところで何か粘膜のようなものにドヨンと突き当たりました。それを声で突き破るのに力が要り、その息苦しさで目が覚めたのがはっきりわかりました。テレビコマーシャルで、柔らかい膜の中に液状の薬が入っている錠剤をみたことがありますが、ちょうどああいう感じの膜が、もうちょっと葛切りのような透明感で、厚さが3センチほどあるようなイメージ。

目が覚めて目をあけたり、半寝の状態で上半身を起こす時に粘膜の抵抗を感じたことはありません。それ以来、夢というのは「どんよりと液体の中に浸っている状態」で、夢と現の境は喉のあたりにあると思っています。
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by mag-akino | 2011-11-09 01:57


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


by mag-akino

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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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