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電車の楽しみ

ニューヨークといえば地下鉄ですが、今住んでいる家の最寄り駅は地上にあり、どこか実家近くの総武線の駅に似ています。ニューヨークに来た1年目に住んでいたチェルシーは、マンハッタンの西側にあるギャラリー街で、冬に寒風に吹きさらされながら一軒一軒観て歩くのはなかなか風流ですが、住み心地の良いところではありませんでした。夜は夜で騒がしいし、スーパーの質も最悪で不便だったし、何より、最寄り駅が地下というのがとても嫌でした。

中学から電車通学をはじめて、それも割と長時間通学だったので、電車の中の過ごし方は重要でした。もともと乗り物酔いがひどく、中1の頃は毎朝吐きそうだったり吐いたり辛かったのですが、それを克服したら電車の中で寝たり本を読むのが楽しくなりました。学校帰りに総武線に揺られ、景色をみながら本を読んだり寝たり、駅で降りて自転車に乗り、川沿いを走って橋を渡り、三叉路を下ると家、というのを大学を卒業するまで繰り返しました。駅から三叉路までの自転車で制作のヒントが浮かぶことが多く、今思うとその前の「電車に揺られる」という時間が効いていた気がします。

大学3年生の講評会で「夕方の帰り道のことを考えながら作りました。」と言って、「電車かもしれない」というアニメーション作品をプレゼンしました。この時に思い浮かべていたのは、自転車で走った川沿いの道です。電車にはたくさん人がいるのに、どこよりも開放感があり、電車に乗るとなんだか落ち着きました。車内で集中力を高めて、自転車に乗る頃にちょうどピークになる、という流れだったのだと思います。

二ューヨークの地下鉄も好きですが、寝たり本を読むより、音楽を聴くのが一番しっくりきます。音楽を効いて集中して、さて何か思い出しそう、という時に着いたのが地下鉄の駅だともうガッカリしてしまって、そこで全部台無しです。チェルシーが最後まで好きになれなかったのは、この帰り道のガッカリのせいだと思います。帰り道が自分にとってとても重要だったと気づいたのは、今の街に住み始めてからでした。

マンハッタンを出て川を超え、クイーンズに入るところで地下鉄は地上に出ます。そこが「お茶の水駅寸前の丸ノ内線」に似た感動があり、このあたりから集中しはじめ、駅に着き、駅のホームから家の方向を観るところで最高潮、というのが今の帰り道での発想の流れです。
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by mag-akino | 2012-02-25 09:03

20年後の皺寄せ

10歳くらいの頃、夕方5時半に時計を見上げ、「夕ご飯まであと一時間半もある。どうやって時間をつぶしたらいいのだろう」と途方に暮れたことをなぜか覚えています。たぶん宿題もやってしまって、テレビも観たい番組がなく、母の手伝いをする気も全くなかったようで、暇つぶしにブロックで遊んでいた時のことです。

20年間記憶に留まる途方に暮れ方も尋常ではないですが、それよりも「一時間半」に対する感覚の違いに驚きます。昨日も、ちょっと時間潰しにコーヒーを飲もうとデリに入り、カウンターに座ってぼんやりしていたらあっという間に30分たってしまい、コーヒーは半分しか飲めませんでした。飲み干すまであと一時間ぼんやりしていられた自信があります。「一時間半」なんて今ではあるようなないようなものなのに、20年前は絶望的に長い時間だったようです。

私のアニメーションは、1秒が15枚の絵からできています。「1/15秒」というと一瞬のように思えますが、実際に目で見てみるとはっきりとわかる大きな単位です。例えば人物に動作をつける時、1/15秒目に動作を開始するのと、2/15秒目とでは間合いが変わるため、その人物の感情が全く違うように見えることもあります。1/15にするか2/15にするかどうしても決まらないので、とりあえず後回しにしておいて、次の日に1秒ずらしたらピッタリした、など時間の感覚もその時々です。去年の元旦に「あと4分も」作らなくてはならないのに「10ヶ月しか」時間がないと顔面蒼白になった記憶が今だに生々しく思い出されますが、そんなふうに1/15秒のことで頭を一杯にして、約6分半の映像を作るのに実作業だけで1年半かかりました。完成に1年半かかる作品なんていくらでもありますが、アニメーションは単位が時間な分、制作時間とどうしても比較したくなります。凝縮されたような膨張していくような特殊な時間の流れを感じながら1年半を過ごし、完成してからのんきに思い返すと、総括としては「あっという間だったなぁ」と感じるので不思議です。

「時間」とか「人生」というのを頭の中で想像すると「一枚の横長の白い布」が頭に浮かびます。右端からはじまって左に行くほど歳をとっていくというイメージなのですが、アニメーションを作っていた時期は、横からキュッ押し縮められて布に皺が寄っていたのではないかと思います。皺が寄っている分いつもの長さより短くなって、普段よりササっと通りすぎてしまった、という解釈です。そこに皺が寄ったということは、その左右は引っ張られて伸びていたはずです。子供の時に一時間半がやけに長く感じたのは、20年後のアニメーション制作による皺寄せの皺寄せだったのかもしれません。
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by mag-akino | 2012-02-14 09:21

いつか遺骨だけになる

絵を描いている時に、フッと油断して引いた線が、せっかく丁寧に描き進めてきた絵を台無しにしてしまうことがあります。また下地からやり直したり、もうやり直しがきかなかったり、その程度はいろいろですが、こういう失敗をする度に「作る労力と壊す労力が同じでないのはなぜだろう」と思います。

昔、友人に訊いてみたら「壊れている状態の方が自然だからではないか」と言っていました。そう言われてみるとそんな気もしますが、作るのは大変なのに、壊すのは簡単というのが、どうも自然でない気がします。その差の分の労力はどこへ行ってしまうのでしょうか。

そもそも「作る労力と壊す労力は釣り合うはずだ」という考え自体が間違っているのかもしれません。なぜこんなふうに考えるようになったかというと、中学の化学の時間に「地球上の原子の数は常に一定である」と習ったせいだと思います。いろいろなものが形を変えながら常に一定の数を保っているのなら、作る労力と壊す労力が同じでないのはなんだか不自然です。

一本余計な線が入っている絵(壊れている物)と、入っていない絵(壊れていない物)では、例え同じ値がついたとしても、作者としてはまるで違うものです。壊れていない物の方が壊れている物より価値があるのは、「作る労力」と「壊す労力」の差の分のエネルギーのようなものを、まだ内包しているからかもしれません。

(余談ですが、「地球上の原子の数は常に一定である」という理論でいくと、地球はいつか遺骨だけになってしまうのではないかと墓参りをする度に思うのですが、どうなんでしょう。)
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by mag-akino | 2012-02-08 09:20

電車の中で時々考えていること

最寄り駅の手前の数駅はパッと見が似ているため、ぼんやりしていると間違えて降りそうになります。実際に隣りの駅で降りてしまったことも二度あります。一度目は2年前の引っ越したての頃で、電車を降りて、階段を降りて改札を出て、もう1度階段を降りて、ちょっと道を歩いたところでやっと気づきました。二度目はごく最近で、改札を出た階段の手前で気がつきました。

最寄り駅は、改札の外に交差点の全ての角に降りる4つの階段があり、隣りの駅は2つしかないので、そこで気づいたのですが、実際にはそこまでの間もだいぶ違います。もし、階段で「あれ、何か変だな」と思ったところで瞬間移動をして、いつもの交差点に降り立ったとしたら「やっぱり気のせいか」くらいに思って、そのままなかったことにしてしまいそうです。

ニューヨークでいつも使っている電車は、日本の実家近くの総武線沿線の雰囲気に少し似ています。疲れて椅子に座ってぼんやりしている時に、「小岩駅」を経由したとしても、最終的にいつもの駅に着いたら、「気のせいか」で済ませてしまうかもしれません。

いつもの電車で、いつの間にか日本の実家の駅に着いてしまって、もし降りてしまったらどうしよう、ということを時々考えます。階段を降りて改札を出るあたりで気がつくような気がするのですが、気がついてしまったら、膝が震えるほど怖いのではないかと思います。

そんな時のために、「もし降りてしまったら、落ち着いて駅のホームに引き返し、次に来た電車に乗る」と決めています。でも、もし降りてしまって、気がつかずにそのまま家に着いてしまったら、もうそのまま気づかないと思います。
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by mag-akino | 2012-02-03 08:36


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


by mag-akino

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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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