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顔で「YES」と言う

ニューヨークに住んでみてはじめて、「日本って日本人ばっかりいるんだな」と気づきました。ニューヨークはいろいろな国の人が混ざり合って住んでいて、道を歩いているといろいろな種類の言葉が聞こえてきます。英語で話しかけても通じないこともあり、こちらの英語が変だったのか、あちらの英語力のせいなのかちょっと微妙、ということも何度もありました。

そういう経験を繰り返すうちに、「相手の言っていることをなんとなく聞く」ようになってきました。はじめの頃は「なんとなく」もわからないので、「日本語のように全部聞けたらいいのに」とがっかりしていたのですが、大分聞き取れるようになってくると逆に「なんとなく」でもなんとかなるようになってきました。そして、日本語の会話も「全部は聞いていない」ことがわかりました。

例えば、「午後は雨が降りそうだから傘を持って行った方がいいよ」と言われた時、「午後」「雨」「傘」だけ聞いていれば、その他の部分を「なんとなく」聞いていても、内容は想像できます。直接の会話の場合は相手の表情などから確認することもできるので、ほぼ外れません。「全部聞いている」のではなくて、実際には相手の言うことを、「想像している分」と「なんとなく聞いている分」を合わせると、それが相手の言うことにほぼ当たるから、「全部聞いていたような気がする」のだと思います。短いセリフだと相手の言葉を鸚鵡返しにできますが、長いセリフだとできないのは、覚えられないというより、内容以外の細かい部分を「なんとなく聞いている」からではないでしょうか。

日本語ほど語彙がない分、私が英会話で想像できる分量は少なく、全部理解するには「なんとなく」ではなくて「がんばって」聞かなくてはなりません。それには想像以上に集中力が必要で、長時間英語で話していると突然プッツリ聞き取れなくなることがあります。お腹がすいている時や、機嫌が悪い時もビックリするくらい英語がわからなくなります。私がニューヨークでもなんとかなるようになったのは、想像できる量が増えた分、「YES」と「NO」の大筋を外さなくなったからで、「全部聞ける」ようになったからではありません。ニューヨークの人はお互いの言葉がわからない状態になれているせいか、YESかNOの大筋が合っていればまあいいか、という感じで、なぜYES又はNOなのかその詳細ははじめから聞く気なし、という態度が透けて見える人がよくいます。「なんとなく聞ける」というのは「なんとなく聞き流す」ということでもあるので、癖にならないように気をつけたいです。

先日コーヒーを買った時、「レシートはいるか?」ときかれたので「YES」と答えたのに、もらえませんでした。たぶん「YES」という短い言葉すら聞き飛ばされてしまって、私の「NO」的な顔(無表情)から、「NO」に判断されてしまったのだと思います。これからは「すごく欲しい」という顔で「YES」と答えようと思います。
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by mag-akino | 2012-04-28 12:33

お腹が痛いのか、胃が痛いのか

たまに、こめかみの上あたりに五寸釘を打ち込まれるような痛みがあります。つい先日もそこがズキンとしたので、「またいつもの頭痛だ」と言ったら、「それは偏頭痛というのだ」と教えられました。

偏頭痛という言葉自体は知っていましたが、自分の頭痛が偏頭痛だとは思っていなかったので、ちょっとショックでした。そして、そう言えば小さい頃は、お腹が痛いのか、胃が痛いのかがわからなかったことを思い出しました。「おなかがいたい」と訴えると、「おなか?胃?」と聞かれるのですが、おへそを中心としたあたりを全体的に「おなか」と思っていたので、「…とにかくいたい」としか言いようがありませんでした。

それでも子供はまだましで、赤ちゃんはもっと大変です。お腹がすいたり、おしっこをしてお尻が気持ち悪かったり、寒くて泣いている時も、たぶん本人はなぜ自分が泣いているのか全く何が何だかさっぱりわかっていません。とにかく何かが「嫌」なのですが、「嫌」という言葉自体も知らないので、漠然とした不安の中でものすごく切羽つまっているはずで、「嫌」というより「怖い」かもしれません。

大人になると、いろいろな「なんだか嫌だ」を、それぞれがどういう状態なのか、その状態を何というのか知っていて、「眠い」とか「面倒臭い」とか「疲れた」とか細かく訴えられるので楽です。言葉は本当に道具なんだなと思います。

でも大人になっても「なぜだか好きだ」とか「なんとなく嫌な予感がする」とか、うまく言葉にできない部分があります。そういう状態を言葉で表現しようとしていないか、その言葉を知らないか、その言葉自体がない、ということなのですが、そういうことの方がなんだか気になります。
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by mag-akino | 2012-04-23 05:30

水漏れを止めた少年

小学生の頃は毎月届く学研が楽しみでした。次の号が届くまでの一ヶ月、何度も読み返すので内容をほとんど覚えてしまい、本当に勉強になったな、というか学研の知識で今までどうにかこうにかやって来たような気さえします…

その学研に載っていた話で特に気に入って繰り返し読んだのが、「堤防の水漏れを止めた少年の話」です。どこかヨーロッパの国の少年がある日、夕方家へ帰る途中に堤防の脇を通りかかると、小さなヒビから水がチョロチョロと漏れているのをみつけます。あ、と思って指をつっこんだら止まったものの、指を抜く訳にいかずに困っているうちに、穴が少しずつ少しずつ広がってきて、指を二本、三本、手を全部、と差し入れていきます。二の腕まで突っ込んでグッタリしているところを、少年の帰りが遅いのを心配した母親と村人に発見されて、「村を浸水から救った少年」として褒め讃えられる、という話でした。

この「腕を堤防に突っ込んでグッタリする少年」の挿絵を、「なんかいい」と思ってみていたのですが、これは今思うと完全に「萌え」という気持ちだったと思います。今でも、水につかって眠っている、うっとりしている、という光景には何かグっとくるものを感じますが、この堤防の話がそれに反応した最初の体験でした。

水につかって死んでるような生きてるような、といえばジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」です。あの絵を観るとやはりグッと来ますが、国際的、歴史的に大勢のファンがいる名画なので、私だけでなく人間には「水につかってうっとり(ぐったり)しているものを見ると萌える」という習性があるようです。さて、それはどうしてか?と問いかけると「それは胎児の頃の羊水の記憶が…」という説が必ず出てきますが、どうも納得いきません。何かもっと、はっとして心を鷲掴みにされるような萌える理由があると思います。
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by mag-akino | 2012-04-12 08:20

睡蓮の裏側

私は絵が仕上がると、裏側にタイトル、制作年、サインを書き、その傍らにちょっとしたイラストを添えています。いつもお願いしている額装屋さんは、裏面にアクリルの小窓をつけて、サインとイラストがそこからのぞく仕様にして下さいます。それがちょうど、ドールハウスの窓から部屋の中を覗きこむようで、これは作者と所蔵者の間の秘密の通信だな、と思います。円形の作品を描いた時にサインを逆さまに入れてしまい、「うっかりしてましたスミマセン」というようなイラストを描いたのですが、所蔵者の方はあれを見てちょっとは笑ってくれたでしょうか。

以前ISCPというプログラムに参加していた時に、フィールドトリップとして、十数人の作家とスタッフとでMOMAの修復室の見学に行きました。 修復室はMOMAシアターの建物の上階にあり、普段は「作品」として展示室に並ぶものが、いろいろな道具に囲まれて普通の部屋にあると、今そこで作られているようで新鮮でした。いくつかの部屋を見せていただいた後、何か説明を聞いている時に奥の方をふと覗いたら、イーゼルに乗った「壁に掛かっていない」モネの睡蓮が、私からほぼ真横の位置にありました。説明を終えたスタッフの方が「何か質問は?」と言うので、手を挙げて「睡蓮の裏側を見せてください」と頼んだら、困った顔で断られてしまいました。

まだニューヨークに来てそれほどたっていない時期に、大勢の外国人の前でヘタな英語で頼み事をする、というのがどれほど勇気を振り絞った行為だったのか、日本人ならたぶんわかると思います。それほど本気で「睡蓮の裏側」が見たかったので、断られるとますます「裏に何かあるのでは」と見たくなってしまいました。

とにかく「見られなかった裏側」に気をとられて、それ以外のことはほとんど忘れてしまいました。それからちょっとしてMOMAで睡蓮の企画展があり、本当に美しかったのですが、やはり「あの時、裏を見せてもらえてたら…」と未練がましく思ってしまいました。サインは表に入っているので裏にはなさそうですが、モネが絵の具で汚れた手で触った痕跡、くらいあるかもしれません。見たところでどうということでもないですが、見られるのなら見てみたいです。やっぱり作者と所蔵者の秘密なんでしょうか。
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by mag-akino | 2012-04-06 06:50


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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