よそのうちの中

ニューヨークの家の近所に、外から見ると植物園のような家があります。夕方通りかかると、オレンジ色の光に照らされた植物の合間に小ぶりのシャンデリアが見え、その奥で住民が部屋に不釣り合いなフラットテレビを観ている様子です。(住民の姿自体は見えたことがない。)いつかその家の住民と友達になり、一緒にテレビを観たいなと通るたびに思います。

夕方近所を散歩していると、よそのうちの中をついチラチラと見てしまいます。外観は殺風景な家の中が思いがけず素敵な内装だったりすると、「ああ、1度招かれてみたい」とドキドキします。

日本の実家近くに仕事場を持っていた時、夕方帰宅する途中に近所の家の中がよく見えました。ある日、一件の家のリビングに、小さな人形が並んだ飾り棚があることに気づきました。ぼんやりと光に照らされた棚が、ちょうど雛壇のようでとても美しく、「毎日通っているのに全く気づかなかった。あの部屋であの家の夕食を御馳走になってみたい」と胸がときめきました。でも次の日の朝、仕事場に行く途中もう1度のぞいてみたら、飾り棚ではなくただの食器棚であることがわかりました。

また別の日に、窓が開いているのを1度もみたことがない家の窓が開いていたので、ヒョイと覗いたら、古そうな老人の遺影が壁にズラリと並んでいました。「へー」と思ってさらに奥を覗いたら、7歳くらいの男の子の白黒写真の遺影と目が合いました。

知久寿焼さんの「電車かもしれない」という歌に、「台所ゴットン電車が通るよ よそのうちの中を」という詞があります。この詞が印象的なのは、よそのうちに土足であがり込んでしまうような緊張感と魅力を感じるからだと思います。夕方通りかかる一瞬に光と一緒にもれてくる「よそのうちの生活」というのは、なんだか妙に緊張感のある美しさで記憶に残ります。

今までに見た中で一番美しかったのは、総武線で通りすぎる一瞬に見えたマンションの一室の光景です。ダブルベッドの上で、はだかの子供が2人ピョンピョン飛び跳ねていました。
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# by mag-akino | 2011-10-08 13:25

カエルについて納得していないこと

私には早とちりなところがあり、よく見間違いや勘違いをします。大抵の場合は気づいた時に「ああ、またか」と思って納得するのですが、一つだけ今だに納得していない見間違いがあります。

中学生の時の話。帰り道、最寄り駅を出たところの植え込みの下に、ヒキガエルをみつけました。両手のひらにすっぼり収まるくらいのヒキガエルで、「大きいな」と思って近づいて眺めました。カエルの横に、よくそこで見かける野良猫も並んで座っていたので「カエルと猫はケンカしないんだなぁ」と思いました。次の日もカエルはそこにいて、それからしばらく毎日「ああカエルだな」と思っていたのですが、あまりにもずっとそこにいるので、もう1度近寄ってみたら、それはカエルではなくて大きな石でした。

しっかりと近くからカエルだと確認していたので驚きました。その後もその石はずっとそこにあり、通る度に気にしていたのですが、もうどうみても石でした。

この出来事を元に高校3年生の時、「女子校生活のしおり」というマンガを描きました。はじめて描いたマンガです。今でも見間違いや、勘違いが制作のきっかけになることがありますが、興味があるから、というよりは人より多く見間違いをしているからかもしれません。

さて、ではなぜこのカエルの件に納得がいっていないのか。それは、これと全く同じことが3回あったからです。3回も石をカエルと見間違えることがあるでしょうか。

宮沢賢治の「インドラの網」に『ほんのまぐれあたりでもあんまり度々になるととうとうそれがほんとになる。』という一文があります。つまらないことで引用して申し訳ないと思いながらも、「あれは見間違いではなく、カエルが石になったのだ」と半分はそう思っています。
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# by mag-akino | 2011-09-14 05:09

本当かはわからないけどウソではない話

高校の時の知り合いに、おもしろい話をする人がいました。不思議な体験談をたまにきかせてもらっていたのですが、1時間以上集中してきいてしまうくらい話のうまい人でもありました。

特に印象的で忘れられないのが「幽体離脱して三途の川を見た話」です。大雑把に要約すると、コタツでうたた寝してたら幽体離脱して三途の川のほとりについて川の向こうで着物の若い女性が叫んでいて、意識が戻って母親によくよくきいたら若くして亡くなった大叔母がいて、しばらくしてタンスの奥にその女性が着ていたのと同じ着物を発見した、という話。

体験談としてはよく聞く話なので、私も見たことはなくても「私なりの三途の川のイメージ」を持っています。たぶん私が何かで死にかけたら夢うつつにその三途の川を見るのではないかと思います。タンスの着物の件も不思議ですが平凡な結末で、「まあ偶然だろう」という内容です。

ただ、この人の話が他と違うのは、話の細部がとても具体的で新鮮だったところです。大枠だけだったら「夢と偶然」ですが、細部のオリジナリティをふまえると、「…本当のことかはわからないけど、とりあえずこの人にとってウソではないな」と思いました。

特に魅力的に感じたデイテール。
・ 幽体離脱したら、天井の隅にいつの間にか穴が空いていてすいこまれた。中はびっしりと水晶が生えた空洞で、とても心地良い音楽が流れていた。そこをゆっくり回転しながら上昇しつつ、「モーツァルトはこの音楽を楽譜に書き留めたのだ!」と確信した。
・狐が高速で回転して、よくお寺などにあるタマネギ型のやつになった。

水晶がびっしり生えた空洞や、高速回転する狐のことを思うと、なんともいえず魅力的で「是非本当であって欲しい」と思います。この人はこれ以外の不思議な話もしてくれましたが、どれも「本当かはわからないけどウソではない話」でした。

全く別にもう一人、こちらも高校の時の知り合いでおもしろい話をする人がいました。不思議体験ではなくて、日常の中のおもしろい出来事をたくさん話してくれましたが、今になってよくよく考えると、この人の話は全部ウソだったのではないかと思います。

夢か夢でないか本当かウソかよくわかりませんが、どちらもきけて良かった話です。
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# by mag-akino | 2011-08-26 06:45

壁一面のでかい顔

出口の脇にある壁にでかい顔(「大きい」というより「でかい」)がくっついていて、その顔が話しかけてくるので幼稚園から帰れない、という夢を子供の頃に何度もみました。

ちょうど鎌倉の大仏の頭部から「顔」の部分をスパッと切ってはりつけたような感じです(顔も大仏っぽかった)。その顔に脅されるわけではなく、通り抜けようとすると、ひょうきんな感じで話しかけてきたり、ちょっと嫌味な質問をしたりするのでどうしても帰れないのです。監禁されるというよりも、やさしく抱きしめられてズルズル引き留められるような拘束のされかたで、目が覚めるとドッと疲れていました。

最近またこの夢をみたようです。(実はっきり覚えていないのですが、その割にイメージが具体的なので、たぶん。)今度は出口の脇の壁ではなくて、ニューヨークの自宅の窓から見える隣りの建物の壁にくっついていました。

10月には個展のために少し帰国する予定ですが、正直なところ不安です。偶然この時期に日本にいなかったために、日本にいる人よりも覚悟しきれない部分があり、日々きこえてくるニュースにどんどん怖くなります。とは言っても、帰らなくてはならないし、帰りたいとも思うし、一生帰らないわけにはいかないし、でもやっぱり帰りたくないような…という心境です。

どうやら私の場合、「帰りたい」「帰れない」「帰らなくてはならない」「帰りたくない」というようなことをグルグル考えていると、でかい顔が壁にくっつくようです。
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# by mag-akino | 2011-08-12 01:06

もう一回

大学生の時、「テレタビーズ」というイギリスの子供番組のキッカイなキャラクターが好きになり、よく観ていた時期がありました。

「ますますキッカイ」と思ったのは、番組の中で「全く同じ映像が二回流れること」でした。お腹のテレビに映し出された映像が終わると(テレタビーズの頭にはアンテナがあり、映像を受信するとお腹のテレビに映る)、テレタビーズたちがキャーッと喜んで「もう一回!もう一回!」と叫び、本当にもう一回、全く同じ映像が流れます。「…何だこれは?」と思い、友達に話したら「幼児は同じことを繰り返すのが好きなんだよ」と言われました。

同じことを何度も繰り返す、と言って思い出すのは、中学高校時代の電車通学です。私は6年間、往復2時間半ほどの電車通学をしていました。そしてそのほとんどの時間、椎名誠さんの「哀愁の街に霧が降るのだ」と夢野久作短編集を読んでいました。

「哀愁の街に霧が降るのだ」は椎名誠さんの自伝的小説(ご本人としては「他伝的バカ話」だそうです)で、厚めの文庫本上下二冊組でした。上巻のはじめの方の高校の入学式で、みるからに不良の椎名さんの耳元に、ごく普通の新入生の沢野ひとしさん(あのイラストレーターの沢野ひとしさん)が「空気銃で撃つぞ!」と囁くシーンがあります。私はなぜかこのシーンが異常に気に入っていました。

また夢野久作の「死後の恋」の、好きな女性のはらわたの中から宝石をほじくり出す件や、「白菊」の部屋の中の雰囲気、「空を飛ぶパラソル」の轢かれた女のお腹の様子なども、何度読んでも心を掴まれて「もう一回!」という気持ちになりました。

つまり「ものすごく好きなごく一部」をより楽しむために全編を隈無く繰り返し読んでいたのですが、全編となると好きなシーンにたどりつくまでそれなりに間があります。一巡すると最初からもう一回!と延々と繰り返し、7冊ほどの文庫本で6年間過ごしてしまいました。

テレタビーズの「もう一回!」に、ハッと恥ずかしくなりつつも、今でも同じことを繰り返すのが好きです。アニメーションは制作過程で似たような作業を長時間繰り返します。アニメーションを作りたいというよりも、一人で長時間同じことを繰り返したいからアニメーションを作っているのではないかと思うこともあります。
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# by mag-akino | 2011-08-09 08:41


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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