千葉県市川市の虫

私が生まれ育った千葉県市川市は住宅地で、あまり虫がいなかった。私は植え込みの隅や、植木鉢の下や、八畳ほどの空き地を巡回して、なんとか虫を探し出していた。

いつでも簡単に観られた虫といえば蟻である。駐車場の植え込みの、四隅の芝生の隅っこを掴んで引っぱり上げると、どの隅にも蟻の巣があった。時期によっては、真っ白い卵や幼虫がいて面白かった。突然光に晒された蟻が驚いて、慌てて卵や幼虫を奥に運んで行く、というのをひとしきり眺め、芝生を元に戻し、次の隅の芝生をひっぱり上げる、というのを黙々と繰り返した。全ての隅を巡回し、さらにもう一周くらいすると、蟻が安全なところに移動を終えてしまうので、もう卵は観られない。そこで、また三日くらいたったところを急襲するのである。

蟻が観られない間は、あじさいの葉の裏にいるヨコバイを観ていた。黄色くて、黒い斑点がある細長い虫で、正しくはツマグロオオヨコバイというそうだ。当時は「ヨコバイ」という名前を知らなかったので、「総武線みたいな虫」と呼んでいた。まだ車体全体が黄色かった総武線に似ていたのである。

ヨコバイにも飽きると、今度は植木鉢や石をずらして、その下にいるミミズやダンゴムシを探した。丸まったダンゴムシを無理に開くと、お腹の下に子供を抱えていることもあり、「当たり」と静かに思ったりした。ある時、石をずらそうと下に手を差し入れたらナメクジがビッシリ着いていて、悲鳴を上げて家に逃げて帰ったことがある。

このように、千葉県市川市にいた虫は、地味であった。ダンゴムシやミミズやナメクジに至っては、別に観たかった訳ではなく仕方がないから観ていただけであって、しかも正確にいうと昆虫ではない。正直なところ、ゴキブリの方がまだ面白かったので、小学校でゴキブリを見つけるとハッとしたし、低学年の頃は触っていた。

つまり千葉県市川市で日常的に観られた虫は、蟻とヨコバイとゴキブリである。物足りないあまり、私はついに地面を掘るようになった。地上がダメなら地下しかない。(つづく)



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# by mag-akino | 2014-02-12 05:45

「わかるでしょ?」

私は日本で使うための携帯電話を持っているのだが、アメリカにいる時はアメリカの携帯電話を使っているので、普段は電源を切ってある。ごくたまに電源を入れるのは、こちらから日本に電話する時だけである。私の使っているアメリカ用の電話は、国際電話を受けられるがかけられないのだ。

先日朝8時頃、その日本の携帯電話が鳴った。前の晩、日本に電話した際に先方が留守で、電源を入れたまま眠ってしまったのである。普段は鳴らない電話が鳴ったことと、起き抜けだったことで、混乱したまま慌てて「ハロー?」と電話に出たら、小声で「もしもし」と返ってきた。

こちらも「もしもし?」と返したら、また小声で「もしもし、もしもし」と言う。さらに混乱してなぜか英語で「フーアーユー?」と尋ねたら、「わかるでしょ?」と言われてしまった。

相手は小声で「もしもし、もしもし、わかるでしょ?」と言い続け、私は起き抜けの頭でぼんやり「わからないなぁ、誰だっけ?」と考え続け、最終的に相手が「寝てた?」と言ったところでやっと、「いたずら電話か」と気づいて電話を切った。そのまま電源も切ったのだが、しばらく動悸が止まらなかった。

「わかるでしょ?」というのはなんだか怖い言葉である。実際はわからないことなのに、「わかるでしょ?」と言われてしまうと、「本当はわかっているのに忘れているのかな?」と思い、「忘れてしまったこちらが悪いのかな?」と感じてしまった。「寝てた?」などと余計なことを言わないで、ずっと「もしもし」と「わかるでしょ?」を繰り返されたら、私はしばらく気づかずに「○○さん?」「それとも○○さん?」と当てずっぽうに返事していただろう。相手を手の内に巻き込むような言葉であるから、もしも会話中に「わかるでしょ?」と言われたら、いたずら電話でなくても動揺すると思う。相手に心の奥底を見透かされたような、秘密を共有させられたような、性的で密室的な親密さがそこから生まれそうである。(だから、いたずら電話で言いたかったフレーズなのだろう。)

それにしても、いたずら電話というものは随分久しぶりであった。子供の頃は月に一回や二回はあった気がするが、非通知電話の着信拒否などで、チャンスが減ったのだろう。非通知でようやくかかった電話が国際電話で、「ハロー?」とか「フーアーユー?」とか言われたのだから、先方も驚いたに違いない。

ところで、英語で「どちら様ですか?」と電話口で尋ねる場合、「Who is calling, please?」が良いそうだ。「フーアーユー?」だと「あんた誰?」みたいな感じでぞんざいである。



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# by mag-akino | 2014-02-03 05:18

「天井のテレビ」後日談

天井のテレビ」とは、去年八月に書いた文章である。抜き出すとこんな話。

たしか4歳の頃である。夜中にふと目を覚ましたら、足元あたりの天井が四角くぼんやり光っていた。光っているな、と見ていたら、そこに映像が浮かび上がり、突然『忍者ハットリくん』が始まった。その頃観ていた「藤子不二雄劇場」そのままで、あれ?と思いつつ、一話分きっちり観た。ハットリくんが、怒ったつばめちゃんに両耳をとられてしまう、というおかしな話だった。

翌朝目覚めて、夢だったか、と思ったのだが、それにしてははっきり覚えていたため、本当に天井にテレビが映ったのかもしれないと思った。横で寝ていた3つ歳上の兄に、「昨日の夜、天井にハットリくんが」と言ったら、兄は「観たよ。おもしろかったね」と答えた。



さて先日、日本に帰国した時のことである。兄が「そういえばすっかり忘れていたのだけど」と焼き鳥を食べながら話してくれた。なんでも、私が書いた文章を読んで、「天井のテレビでハットリくんを観たこと」を思い出したそうである。

兄妹で焼き鳥を食べつつ推理して、「その日は一緒に『藤子不二雄劇場』を観て、寝る前に『耳なし芳一』の絵本を読んでもらってから寝たために、そんな夢をみた」という仮説をたてた。なんとなくそれらしくも聞こえるが、二人揃って同じ夢をみた、というだけでも割と不思議なのであまり釈然としない。それとも、兄妹というのはそんなものなんだろうか。

エッセイ集に「子供の頃、絵本を読んでいたら、いつもと結末が違っていたことがある」と書いたら、それ以後、「私も同じ経験があります」と言われるようになった。「絵本の結末が変わる」というのは割とよくあることらしいから、「兄妹で同じ夢をみる」ことも結構あることなのかもしれない。もしくは、「天井にはよくテレビが映る」のかもしれない。


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    「パーマン」派だった我ら。(後に「パーマンセット」を買ってもらった。)
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# by mag-akino | 2013-12-12 06:55

ペンパルのA君

中学二年のある日、突然イギリスから手紙が届いた。ミンディ、という名前の全く知らない女の子からだった。ちょうどその日は英語塾の日だったので、「イギリス人から手紙が来た」と友達に言ったら、「私も」「私も」とクラス全員にイギリスから手紙が来ていることがわかった。そこに先生が入ってきて、「みんなの住所を、イギリスに送っておいたから」と言った。先生が勝手に、「日英ペンパル手配所」(そんなものが本当にあるのだろうか?)と連絡を取っていたのである。

「断りもなく人の住所をイギリスに送るなんてダメだろう」と思ったのだが、イギリスからの手紙にはときめいてしまったので、黙って返事を書いた。ミンディからの二通目の手紙には「誕生日がもうすぐ」と書いてあり、プレゼントを送ってみたら、それきり返事が来なかった。がっかりしていたところに届いたのが、A君からの手紙である。

A君は一つ年下のイギリスとマレーシアのハーフの少年だった。一通目の手紙には、自己紹介や、自分の住んでいる場所とロンドンの位置関係などが書かれていた。見るからに「几帳面」という印象の達筆で、私は「読みやすい筆記体というのもあるんだな」と感心した。

しかし、全く会ったことのない外国人に英語で手紙を書く、というのはなかなか難しいものである。一通目は自己紹介で便箋が埋まるが、二通目以降は話題を探すのが大変だった。気温と天気と日常の報告を済ませてしまうと、他に書くことがないので、どうしてもお互いに質問が多い文面になった。「兄弟はいるか?」「得意な科目は何か?」「休日には何をしているか?」など、思いつく限り質問した。英作文の面倒さも重なって、私はついグズグズと間を空けてしまうのだが、A君は本当に几帳面であった。返事のあるなしに関わらず、旅先や誕生日やクリスマスなど、折々にハガキや手紙をくれるので、その度に私は慌てて返事を書いた。

一通りした質問の中で印象深いのは「将来何になりたいか?」というものである。A君は「○○航空のパイロットになりたい」とやけに具体的に答え、私は「本の挿絵を描く人になりたい」と書いた。なぜこれが印象深いかというと、細々とやりとりを続けているうちに、A君は目が悪くなり、私は美大に入り、なんと社会人になるまで文通が続いたので(完全にA君の筆まめのおかげである)、「お互いが将来何になったのか?(何の仕事をしているか?)」を見届けることができたからだ。A君はパイロットはあきらめたものの、本当に○○航空で働いており、私は本の挿絵は描いてないが、いまだに絵は描いている。お互い大当たりではないが、そこそこ外れていないのである。

余談だが、先日友達からきいた話。小学校の卒業文集の「将来の夢」に、彼女は「アメリカで絵を描く」と書いたそうだ。彼女はニューヨークで絵を描いているから、彼女の「将来の夢」は大当たりでかなっている。他の同級生に関しても、具体的に「○○になりたい」と書いた子は、ほとんど近いものになっているそうだ。「将来の夢」をかなえるコツは「具体的に決める」ことのようである。

さて、そうこうするうちに、A君は○○航空フランス支社に転勤になり、私はニューヨークに住み始めて、手紙が途絶え「ついに文通が終わった」様子であった。しかし、唐突にはじまって15年も続いたのである。それに、お互いにやりたいことが出来ているようだし、私はかなり満足であった。

と、思っていたら先日、日本の実家にA君からの手紙が届いた。ちょうど私は展示設営で帰国しており、タイミングの良さにまたときめいて、すぐに返事を書いた。A君はフランス赴任からイギリスに戻り、手紙は一人暮らしの住所から送られてきていたので、私もニューヨークの住所を伝えた。そんな訳で小休止を挟んだものの文通は継続中で、もうすぐ20年になる。A君が格好良いのは、けしてEメールアドレスを教えないところである。


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そろそろもう一度「将来の夢」をきいてみたい。
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# by mag-akino | 2013-11-22 12:05

日常の「魔」

ここ二ヶ月ほど、気掛かりなことがあり暗めにぼんやりしていたせいか、いろいろとおかしなことがあった。いろいろ、といっても、そのほとんどが「道端にカエルがいるのを目撃する」という出来事で、結果的には全て「見間違い」であった。

要するに、「手のひらサイズの暗い色のもの」が視界に入ると、それが全て一瞬カエルにみえるのである。道端には「手のひらサイズの暗い色のもの」がたくさん落ちているので、何度も「あ、カエル」と思っては、「いや、石だ」とか「いや、葉っぱ」とか思った。実家で「あ、カエル」と思ったら、タワシだったので、なんだかシンとした気持ちになり、これが「魔がさす」ということかと感じ入った。

たぶん、普段なら「手のひらサイズの暗い色のもの」が視界に入っても、それが何であるかなどは気にとめないのである。ただ、暗い気持ちでぼんやりしていると、それらがぼんやりしたところにつけ込んでくる。すぐに「いや、石だ」と気づけるうちはまだ元気な証拠で、もっと落ち込むと四方八方をカエルに囲まれて取り乱したりするのに違いない。

そもそも私は昔から何度も石をカエルだと勘違いしてきたのだ。長い時は一ヶ月ほど石を「カエルだ」と思い込んでいたこともある。主に中学、高校の下校時の出来事で、もしかしたらその時も何か気掛かりなことがありぼんやりしていたのかもしれないが、もう覚えていない。何にしても私にとって「魔」とはカエルの姿をしているようだ。

「魔」といえばもう一つ、私の日常生活に度々現れる不穏なものが、鳥の死体である。何か嫌なことがあった時にぼんやり道を歩いていると、鳥の死体に出くわしてしまうのだ。「ああ、またか」とガッカリするのだが、私はこれも「魔」のようなものと思っている。こちらは見間違いでなく、本当に鳥の死体なので、「カエルの魔」とはちょっと違うのだが、遅れて来た凶兆、というか「ダメのダメ押し」みたいで、大変憂鬱なものである。これももしかしたら、「嫌なことがあった時に鳥の死体を目撃する」のではなく、「元気な時には鳥の死体を見てみぬふりしている」のかもしれない。やはり鳥の死体も「魔」の一種である。


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                               「女子高生百鬼夜行」2000年
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# by mag-akino | 2013-11-12 04:44


アーティスト近藤聡乃ニューヨーク滞在制作記


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近藤聡乃 / KONDOH Akino

2012年5月までの文章が本になりました。

不思議というには地味な話』(ナナロク社)

57編、すべてに描き下ろし挿画つき。26ぺージの描き下ろし漫画「もともこもみもふたも」も収録。



2000年マンガ「小林加代子」で第2回アックス新人賞奨励賞(青林工藝舎)を受賞し、2002年アニメーション「電車かもしれない」で知久寿焼(音楽グループ、元たま)の曲に合わせてリズミカルに踊る少女の作品で NHKデジタルスタジアム、アニメーション部門年間グランプリを獲得。シャープペンを使って繊細なタッチで描くドローイングに加え、最近 では油彩にも着手している。2008年、2冊目のマンガ単行本「いつものはなし」(青林 工藝舎)を出版。

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